「暇だな〜〜」
何処を見ても海面しか見えない、海のど真ん中。
マストを畳んだスイートマドンナ号がゆらゆらと波に揺られていた。
「はぁ・・・・」
バーツが本日何度目か解らないため息をついた。
ファルコンの手がかりとなるお宝情報もここ最近はさっぱりで、補給も先日情報を求めて港に寄ったときに済ませてあるから食料の心配も当分無い。
つまるところ次なる目的地は全く決まっておらず、朝からずっとやることもなく海の上を漂っていたのだった。
「何か面白いことないですかね……」
「カードも飽きたしなァ」
バーツのやる気の無さが伝染したのか、皆暇そうだった。
デッドだけが我関せずと言った様子で一人黙々と剣の手入れをやっていた。
ほけらぁ〜〜〜とマヌケ顔で海を見つめ続けて暫くたった頃。
「キャプテン!!!」
マストの上からミガルの声が降ってきた。
「どうした〜??」
「前方にクロウバード号が見えます」
「んだとォ!!??」
慌ててバーツはミガルが指し示した方角に視線を向けた。
まだかなり距離があるのだろう、豆粒のような大きさの船が遠くにポツンと浮かんでいるのが見えた。
少しずつ近づいてくる船をよく目を凝らして見てみると、その船首には猛禽のフイギュアヘッドがあり、確かにクロウバード号だと確認できる。
クロウバードがお宝を手に入れたという情報は入っていないが、この際そんな事は問題ではなかった。
「野郎ども、帆を張れ!! 目標、クロウバード号!!」
暇を潰す相手を見つけられたことがよほど嬉しいのか、先ほどとは全く違い生き生きとした顔でバーツは指示を出した。
スイートマドンナ号はマストを張り、クロウバード号めがけて最大船速で近寄っていく。
穴を開けても沈没しない場所を慎重に見極め、軽く体当たりしてバーツはクロウバード号の足を止めた。
そしてバーツは丸腰のまま意気揚々と乗り込んでいった。
「よォ、ひっさしぶりィ♪」
「何しに来た!? お宝なんて無いぞ!!??」
満面の笑みで挨拶するバーツに、グラフは苦虫を噛みつぶしたような顔を向ける。
ぶつかった衝撃で尻餅を付いていたグラフが立ち上がるよりも早く、バーツはグラフの脚の間に身体を割り込ませて彼にのし掛かった。
「グラフゥ〜〜、イイコトしようぜェ」
「アホか、お前は! こんな真っ昼間から何ぬかす!」
「愛に時間は関係無いだろォ? 時間を忘れるぐらい激しくしてやるから、しようぜェ〜〜〜〜♪」
「誰がするか! 帰れ、ボケ!!!」
のし掛かり、顔を擦り寄せてきたバーツの顎を渾身の力で突っぱねる。
「んもォ、相変わらず照れ屋さんなんだから♪」
グラフの抵抗を物ともせず、バーツは彼を軽々と抱き上げるとクロウバード号の船長室へと消えていった。
「バカヤロォ〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!」
グラフの絶叫だけが虚しく響いていた。
「行っちゃいましたね……」
「いっちまったな」
「じゃ、折角だから僕たちも」
バーツを見送ったバクチとピートは、仲良く連れだってスイートマドンナの船長室へと籠もってしまった。
「俺達も行くか」
ハルクとミガルまで、顔を見合わせると頬を染めて船室へ降りていった。
ハルクとミガルの後ろ姿を無言で見送ったデッドは〈あの2人ではどちらが攻めになるんだろう?〉などとつい考えてしまった。
すると想像することを身体が拒否したのか、全身に鳥肌が立った。デッドは慌てて頭を振って、自らのおぞましい考えを振り払った
男達が去った後、甲板に残ったのはデッドと、ココとミルカの3人。
ノーズは酒を調達するために、早々とクロウバードへと潜り込んでいった。
それぞれ好き勝手に消えてしまったこの状態を、お子さまのココとミルカにどう説明をすればいいのか解らずデッドは途方に暮れてしまった。
「あ〜あ。これじゃ、今晩僕たちの寝る場所がないなァ……。みんな好き者なんだから、全く」
デッドの思いも知らぬ気に、ココが呆れた口調で肩を竦めた。
「ミルカ、いこっ」
同性間の情事の声を聞かされるのは勘弁、とココはミルカの手を引き、暇つぶしと一晩の寝床を求めクロウバード号へと乗り込んでいった。
最近の子供はデッドが思っている以上にませていた……。
「はぁ……」
甲板に一人残ったデッドは船縁に肘をついて、海原を見つめながら大きくため息を付いた。
「ため息をつくと、その分幸せが逃げていきまちゅよ」
真後ろでいきなり声がした。
慌てて振り向く。が、誰もいない。
一瞬首を傾げるデッド。またもや背後に気配を感じ、再び振り向こうとしたそのとき、
「だ〜れだ、でちゅ♪」
何者かの掌の温もりによって、デッドの視界がいきなりふさがれた。
誰だ、と言われてもバレバレである。こんな話し方をするヤツは2人とはいない。
「離せ、ザギ」
デッドは冷たく言い放った。
「当たりでちゅ♪ さすがデッドでちゅね〜」
ウキウキした声と共に視界が開けた。デッドが振り向くと、ザギが宙に浮いたまま嬉しそうに空中で身をくねらせていた。
「やっぱり愛のなせる技でちゅね」
「誰の愛だ、誰の」
頬を染めて幸せそうに言うザギに、デッドはすかさずツッコミをいれた。
だが、そんなツッコミでどうにかなるほどザギは柔な男ではない。
「俺とデッドの愛に決まってるでちゅ」ザギは甲板に降り立つとデッドの手を取って引き寄せ、力の限り抱き締めた。
「デッドは一人で寂しかったんでちゅよね?でも、もう安心でちゅ。このザギ様が来たからには、デッドに寂しい一人寝はさせまちぇん」
「離せ」
デッドは満身の力を込めてザギの身体を引き離しにかかる。
「照れなくてもいいでちゅよ? 2人の間はダイアモンドよりも強い糸で結ばれているんでちゅから。ほら」
ザギはデッドを抱き締める手をゆるめると左手をデッドの目の前に挙げた。すると、ザギの小指には、赤いピアノ線の様な物が結ばれていた。デッドはザギの指に結ばれた糸の先を視線で辿っていく。
それはデッドの左手小指に結ばれていた。
デッドは思わず自らの左手をジッと見つめてしまった。
「なんだ、これは」
身体を小刻みに震わせながら、デッドが言った。
「2人の愛の絆を形にするために、特注で作らせまちた。嬉ちいでちゅか?」
ぷち。ぷちぷちぷちぷち。
デッドは無言で愛剣を振り、糸を切り刻んだ。
「これで、絆も無しだ」
ぽい。
手に持った細切れの糸を海へと投げ捨てた。
「ああ〜〜〜〜!! 俺とデッドの愛の糸が! 大変でちゅ!!」
ザギは慌てて海へと飛び込み、糸を回収にかかる。
デッドはそんなザギを冷ややかに見つめていたが、付き合いきれないと思ったのか、踵を返して歩き出した。
デッドの様子に気付いたザギは愛の糸の回収を諦め、急ぎ甲板に戻ってきた。
ブルブルッと全身を震わせて、身体に付いた水分を飛ばす。
「デッド、何処に行くでちゅか」
「お前にはつき合いきれん。部屋に戻る」
「船室では他のヤツがお楽しみ中でちゅよ?」
「………」
ザギの一言に船室に向かった2人の姿を思い出し、デッドは足を止めた
心持ち恥じらいながら船室に降りていった2人の様子を思い出しただけで、またもや全身が総毛立った。
「だから俺達もヤツらに負けないぐらい熱い一夜を過ごすでちゅ」
「嫌だ」
デッドは抱き締めようと向かってきたザギをするりと躱した。
「此処じゃ、人の眼があるから恥ずかしいでちゅか?」
「そんなことを言ってるんじゃない」
「婚前交渉はいやでちゅか……。デッドは身持ちが堅いでちゅねぇ……」ザギは大きくため息を付き、肩を竦めた。
「でも、其処がデッドのいいところでちゅ。やっぱり中途半端な関係はよくありまちぇんからね」
「人の話を聞けと言っている」
一人でうんうんと頷いていたザギだったが、おもむろに肩のプロテクターから紙切れを取り出し、デッドの目の前にぶら下げた。
「さ、デッド。コレにサインちてくだちゃい」
「……?」
「婚姻届けでちゅ♪」
サクッ
デッドは目にも留まらぬ早技で紙を真っ二つに切った。
「だめでちゅよ、デッド。ちゃんとサインちないと。はい」
再び用紙を取りだし、デッドに差し出した。デッドはザギから紙を奪うと、紙吹雪に出来るほどに細かく引きちぎり、風に乗せてばらまいた。
「まだまだありまちゅよ」
ザギは高さ50cm程に積まれた紙の束を取り出した。
ガクーンと肩を落として思わず座り込むデッド。
ザギは座り込んだデッドの目の前に紙の束を置いた。
「さ、サインちてくだちゃい」
「ペンを貸せ……」
根負けしたらしい。デッドは婚姻届けにサインをしてザギへ突きだした。
「デッド、待っててくだちゃいね?すぐに届けてきまちゅから!!!」
婚姻届を握りしめたザギはシュン、という音を残して消えた。
ザギの消滅した地点を見つめて佇んでいたデッドだったが、
「デッド、ねえ、一緒に遊ぼうよ!!」
不意に頭上から声を掛けられた。
声の方向を振り仰ぐと、クロウバード号の船縁からココが身を乗り出していた。
デッドは頭を軽く振ると縄ばしごへ足をかけ、ココとミルカのいるクロウバード号の甲板へと上がっていった。
「ねえ、何していたの?」
ココが無邪気な顔で聞いてくる。先ほどまでザギがいたことに気付いてない。
「別に」
デッドはいつもの口調でそう答えると、ココと並んで、少し離れたところで待つミルカの元へと歩いていった。
一方、そのころのザギ。
「さあ、今すぐ受理するでちゅ!」
一番近くの村へと出現したザギは脇目もふらずに村役場へと駆け込み、先ほどデッドが署名した書類を事務員に提出した。
ザギの剣幕にビビリながらも書類を受け取った事務員は、書類のチェックを始めた。
「チェックは不要でちゅ! 俺が念入りに書いた婚姻届けでちゅよ!? 不備なんかあるわけがありまちぇん!!!」
「ザギさん‥‥。あの……コレは受理できませんが」
受理される瞬間を今や遅しと待ちかまえているザギに、事務員がおそるおそる声を掛けた。
「どうちてでちゅか!ちゃんと俺とデッドのサインが入ってるでちょう!!??」
「ここ……」
事務員が震える指先で差したのは、デッドがサインした場所。
其処には流れるように美しい筆跡で書かれた、
『Dad』
の文字が。
ザギは喜びのあまりデッドのサインまで確認していなかったのだった。
「フフフ……さすがデッドでちゅ。一本取られまちた……」
キラリと光る涙を一筋残し、ザギは何処かへと消えていった……。
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