アーバランの地理などさっぱりなデッドは、街の家をしらみつぶしに探す方法に出た。
 手近な家に飛び込み、家中をひっくり返してグラフを探す。
 そして見つからなければ、散らかした家はそのままに、次の家へと向かうのであった。
 何軒目かの扉を開けたとき、目の前に黒い影が飛び込んできた。
「つかまえたでちゅ」
 次の瞬間、ウキウキした声と共に、思いっきり抱き締められた。
 黒い影の正体は神出鬼没のマジシャン、ザギだった。
「こんなに早く見つけてくれるなんてうれちいでちゅ。やっぱり、2人は運命で結ばれているんでちゅね」
「・・・・なぜ貴様がここにいる」
「デッドのいるところにいつもいるでちゅよ」
 ようよう絞り出された、地の底から這い出てくるようなデッドの声音も意に介さず、ザギは頬ずりを続けている
「ん?これは俺への愛の証でちゅね?」
 そう言うや否や、硬直したままのデッドの手から、チョコを奪い取ってしまった。
「返せ!!」
 我に返ったデッドがチョコを奪い返そうと手を伸ばした。
 が、その手は一瞬遅かった。ザギは包み紙ごとチョコを口の中に放り込んだ。
 ぶぉりぶぉりともの凄い音を立ててデッドのチョコを咀嚼する。
   ごっくん。
 目の前でザギののど仏が上下した。
「デッドの愛情がこもったチョコはおいしかったでちゅ」
「・・・・・殺す」
 くねくねと身を捩じらせて頬を染めるザギだったが、デッドの顔には青すじが浮かんでいた
 チョコレートを奪われ、怒りに震えるデッドがザギに切りかかろうと愛剣を構えた。
「落ち着くでちゅよ、デッド。いいものを見せてあげまちゅ」

   ちゃらららら〜〜〜

 どこからか音楽が流れ出し、天を仰いだザギはその音楽に合わせて口の中に手を入れた。
 いったいどんな構造になっているのか・・・・、ザギの肘まで口中へと沈んでいくではないか。
 音楽に合わせて、今度は腕を引き出し始めた。
 手首、掌と続いて最後に指が出た。何かをつまんでいるらしい。
「はいっ!」
 ザギは引き出した物を両手で掴むと、得意気に広げてみせた。
 それはチョコを包んでいた、リボンや包装紙だった。
 咀嚼されたはずだというのに、まったく損傷していない。
「どうでちゅか、デッド? 俺の新しい得意技でちゅよ」
「……」
「感動のあまり言葉もでないでちゅか。そーでちゅよね」
 反応のないデッドにうん、うん、と一人頷いていたザギ。口から出てきたそれらを綺麗に折りたたむと、
「これは2人の愛が始まった記念としてとっておくでちゅ」
 どうやってかわからぬが、肩のプロテクターの中にしまいこんだ。
「さ、御礼が一ヵ月後なんて待てまちぇん。今すぐ俺の愛をうけとるでちゅ」
 ザギの行動についていけず、呆然としているデッド。そんな彼を構わずお姫様だっこすると、ふわりと宙に浮いた。
「○*△※☆〜〜〜〜♯&%!!!!」
 我に返ったときにはもう遅い。デッドは謎の叫びを残し、ザギとともに消えてしまった。


 一方ラグ・ローグはというと……。
 どこから持ち出したのか、回転式の社長イスに腰掛け、自らはまったく動かず配下の者に探させていた。
 どごん、どごん、とあちらこちらで爆発する音が聞こえてくるが、ローグの表情はみじんも動かない。
 そんな彼の前に現れたのは、全身を煤まみれにした、白無の副長、クラウド君。
 その頭は見事なアフロヘアーへと変貌を遂げていた。
「キャプテン。白無の男たちは全員罠にかかりました……」
「そうか」
 クラウド君は口から白い煙を吐きつつ報告すると、バッタリと倒れてしまった
 男がすべて脱落してしまったとなれば、残っているのはローグと女性陣のみ。
 しかし女性をこのミッションに参加させることは、さすがの俺様ローグでも気が引けた。
「やはり俺が出なくてはならんか……」
 うっそりと立ち上がると、肩に留まっている鳥の名を呼んだ。
 まばゆいばかりの光が全身を包む。光が薄れたそこには、翼を持った化獣を身にまとったローグの姿が。
 1,2度羽ばたくと、身体がふわりと宙に浮いた。あっという間に街が一望できるほどの高さに舞い上がったローグは、懐からアーバランの地図とペンを取り出した。
 ホバリングをしつつ、煙の上がっている箇所を入念に地図へ書き込んでいく。
 視線を港に向けたローグは、ダイアモンドサーペントの救助へ向かうため出港準備をしているクロウバード号に気がついた。
「ふむ」
 暫し地図とクロウバード号を見比べていたローグだったが、地図を懐へしまうとトンビのようにクルリと輪を書いて、クロウバード号に向けて滑空していった。

 驚いたのはクロウバードのクルーである。
 出港準備でてんてこ舞いのところへ、できれば関わりたくない人No1の、ローグがいきなり現れたのだから。
 しかも化獣を身にまとっている。下手に抗議をして閃光を食らってはたまらないと、遠巻きに見守るのが精一杯。
 邪魔をするものもなく、ローグは船内に下りた。
 クロウバード内は初見であるが、この手の海賊船の構造はどれも似たような物であり、船尾楼が船長室となっていることが多い。
 ローグは船尾楼をめざし、ずんずんと歩いていく。
 ほどなく両開きの大きな扉が前方に現れた。
 僅かの逡巡もなく扉を開き、遠慮なく踏み込んだ。
 明かりの灯された船長室を軽く一瞥するが、人の気配はない。
 と、次の間に続くドアに気がついた。
「ふん」
 軽く鼻を鳴らしてドアへと歩を進めたとき。
「とまれ!」
 ピーチとストロベリーが、2人ならんでローグと扉の間に立ちはだかった。
 ローグ襲来の一報をクルーから受け、慌てて追ってきたらしい。
「なんだ貴様らは」
 ローグは行く手を阻む2人を、冷ややかな眼差しでにらみつける。
「この先はキャプテンの私室だ。立ち入りは遠慮願おう」
 なけなしの勇気を振り絞り言い放ったストロベリーに、ローグの眉がピクリとはねた。
「ルールではこの街のどこかに隠れている、といったな。この船も街の一部のはずだ。どけ」
「そうはいかん。キャプテン不在である今、船のことは副長である我々が責を負っている。
相手が誰であろうと、船内を好き勝手にさせるわけにはいかん。お引き取り願いたい」
「・・・・・・・。退かないのであれば、ドアごと吹き飛ばすまでだ」
 一歩も引かぬ構えの2人に、ローグは感情の篭らぬ声で言い放ち、化獣の砲身を2人へ向けた。
 キュウウウウウウウと微かな音をたて、砲身へ光が集まっていく。
 その顔はマジだ。
 閃光を放たれれば、ドアどころかクロウバード号ごと吹き飛んでしまう。
 ピーチとストロベリーは唇を噛み締め、扉の前から左右に退いた
「最初から大人しく言うことを聞けばいいものを」
 2人へ侮蔑の視線を投げかけ、ローグはドアノブへ手をかけた。
 一気に引く。



ぶんっっっ!
すっぱぁぁぁっぁん!!!!!!!!!


「ぐあっ!」
 鋭い風切り音と同時に、顔面に強烈な一撃を受けた。
 罠を予想して十分に警戒していたはずの白無の頭でさえ避けることの出来ない攻撃に、両足は床と水平になり、そのまま背中から落下する。
  ゴスッ
 鈍い音が響いた。
 受け身を取り損ねて後頭部を強打したらしい。ローグは頭上に星を瞬かせて気絶してしまった。
「あら……」
 大型のハリセンを手に扉の影から現れたのは、グラフ夫人だった。
 顔面にハリセンの後をくっきりと浮かべて気を失っているローグをみて、夫人は驚きに目を丸くした。
「ジョンだと思って手加減してなかったわ。ごめんなさいね」
 夫人はローグの側で膝を折ると、彼の隣で気を失っている鳥を抱き上げた。
 主の意識が途切れたことにより、まとっていた化獣も元の鳥へと戻っていたのだった。
「ピーチ、ストロベリー。この方をお願い」
『はい、姐さん』
 ローグの顔をのぞき込んでいるフルーティーズに声をかけ、グラフ夫人は救護室へと歩き始めた。
「だから止めたのに……」
「これ、一週間は痕消えないだろォなァ……」
 夫人に言われ、ピーチが両腕を、ストロベリーが両足を持つと、えいやっと持ち上げる。
 その様はまるでハンモック。白無の頭は普段の威厳など欠片もなく、2人にぶら下げられた状態で運ばれていった。
 ラグ・ローグ撃沈。

「ねェ、バーツ。探さなくていいの? 負けちゃうよ?」
 テーブルに脚を載せ、バーボンをラッパのみしているバーツに、ココが言った。
 ゲームが始まって以来、バーツはずっとこの酒場で酒を飲み、肉をかっ食らっていた。ココも同じ卓を囲い、食事をしていたのだが、あまりに動かないバーツにさすがに心配になったらしい。
「あ〜〜? 心配すんな。あの人が始めたゲームだ、その辺の雑魚に見つけられるわけねェよ。勝手に自爆していってもらえれば、ライバルも罠も減って一石二鳥だろ」
 壜の中身をきれいに飲み干し、バーツが言った。
「そんなもんかな?」
「そんなもんだ」
 ココに向けてウインクを一つ。余裕綽々である。
「バーツがいいんなら別にいいけど……。あ、ねェ、バーツ。あっちはなにがあるの?」
「ああ?」
 ココがバーツの背後にある窓の外を指差した。
 バーツは椅子の背に肘を置き、上体をめぐらせて指の先を追った。闇の中、ココの指し示した方角から、ちゅどん、ちゅどん、という爆破音が聞こえてくる。ついでに爆破の際に生じる一瞬の光に、吹っ飛ぶ海賊たちの姿も浮かんでいる。
「ああ、あの方向はグラフの家だ。手っ取り早く家に向かった奴等が罠にかかってンだろォ」
「へ〜……。容赦ないね……」
「まあな。クロウバードを甘くみないこった。さて、と」
 最後の一口を胃袋に納めたバーツは脚を下ろすと、椅子を引き、立ち上がった。
「探しに行くの?」
 ようやっと動き出すのかと、ココが安堵の混じった声を掛ける。
 だがバーツの返事はココの予想を裏切る物であった。
「バカ言え。仮眠するんだ」
「え〜〜?」
「え〜?じゃねェよ。今夜はグラフと濃密な時間をすごすんだ。仮眠を取っとかねェと朝まで保たねェだろォが」
「もう、好きにしなよ・・・・」
 ニヤニヤしながら大人の発言をかますバーツ。危機感が全く感じられない。
 あきれ果てたココの声を背に、バーツが2階へ向かおうと足を踏み出した時。
「オヤジ、邪魔するゾ!」
 バーン、とスウィングドアを蹴っ飛ばし、ナッツが現れた。
「む。貴様、何故ここにいる」
 ナッツは足を止めて振り向いたバーツに気づき、あからさまに嫌な顔をした。
 が、バーツはそんなこと全く気に掛けず、
「よォ、ちんぴら君じゃねェか。お前も飲みに来たのか?」
 笑顔でナッツに声をかけた。
「ナッツだっ!!!!! いい加減名前を覚えやがれっ! いいか、良く聞け! 俺がこのゲームに参加した理由はただ一つ! お前をギャフンと言わせてやるためなんだからなっ!!」
「へ〜、そう」
 ナッツの怒声などどこ吹く風。バーツは小指で耳掃除なんかしてたりする。その態度が更にナッツの怒りをあおる。
「のんきに構えていられるのも今のうちだゾ! 俺に負けて吠え面掻くがいいわっ!!」
 ドーンと指を突きつけ宣言すると、グラフ捜索のため、ナッツは足音も荒く階段を駆け上がっていった。
 と、そのとき。

ガタンッ!!!
 突然階段の方から大きな物音がしたかと思うと

「うおおおおっっ!!!??」

ずどどどどどどどっど

 ナッツの叫びと、転がり落ちる音が、あまり広くない店内に盛大に響き渡った。
「な、なに!?」
 驚いたココが階段へと駆け寄る。と、階段であるはずのそこは、まるでお笑い番組のセットのように一枚の板と化していた。
 ココの足下ではコブだらけになったナッツが延びている。
「なに、これ……」
「油断大敵と申します」
 それまで黙ってカウンター内でグラスを磨いていたマスターがスイッチから指を離し、にこやかに告げた。


「どこだ、どこだ、グラフ!!」
 バーツは焦っていた。非常に焦っていた。
 夫人が考えつきそうなところをすべて探したのだが、いないのだ。
 タイムリミットまで後10分を切っている。
 さすがにこの時間ともなると参加していた海賊達は悉く脱落しており、街は静けさを取り戻していた。
 朝が早い漁師の家などは灯りすら消えている。
 余裕ぶっこいて仮眠なんかしてしまった己の浅はかさを悔やんでみたところで、どうにもならない。
「グラフゥゥゥ!!!」
「うるさいなあ、もう!」
 近所迷惑も考えず叫んだバーツのすぐ横の窓が開けられ、ココより少々年かさの、黒髪の少年が顔を出した。
「おじさん、静かにしてよ! みんな起きちゃうじゃないか!」
「ああ…。悪ィ、悪ィ」、
 バーツは素直に頭を下げる。
 焦っているため、【おじさん】よばわりされたことすら気づいていない。
「まだキャプテングラフ探してるの? あと5分だよ」
「お前、グラフの隠れている場所知らないか?」
「知らない。大体、キャプテングラフの秘密基地を俺が知ってるわけないじゃん」
「秘密、基地……?」
 子供らしい言い回しに、バーツの動きが止まった。
 脳裏によみがえったのは、幼き日の思い出。
 先代キャプテングラフが健在だった頃、一度だけアーバランを訪れたことがあった。
 キャプテンスパードが先代と剣呑な話し合いをしている間、待っているのに退屈して、こっそり船を抜け出したのだった。
 そのとき街でばったり出会い、仲よくなった年下の少年。
 彼に手を引かれ、いろいろと街中を案内してもらった。
 最後に案内されたのは、グラフ邸からさほど離れていない森の中、樹齢ン百年はあろうかという大樹にぽっかり空いた洞だった。
 子供が一人れるほどの大きさのそこを
「ここは秘密基地なんだ」
 君と僕だけの秘密だよ、少年はそういってはにかんだ。

「あそこだああああああ!!!!!」

うおおおおおおおおおおおおおおお

 たった一つ残った手がかりに、バーツ森に向かって猛烈な勢いで走りだした。
 そんなバーツに僅かに遅れてついてくる者が現れた。
 今までなんとか生き残っていたバクチだった。
 持ち前の勝負運の良さで罠をことごとく避けてきたのは良かったが、彼も手詰まりになっていたのだ。
「バクチ! グラフは俺のもんだって知ってるだろぉが!」
「まだ告白してないんだから、あなたの物じゃないはずです!」
「キャプテンに譲る心ってもんがあるだろォっ!」
「ゲームには上下関係なんて関係ありませんよっ!俺のチョコは手作りですからね!その辺の店でチョコを買った貴方より、愛情は詰まってますよ!」
「んだとォ〜? 俺の愛はプライスレスに決まってンだろォがっ!!」
 言い争いながらも2人の脚は止まることなく目的地へむかっていく 。
 身体能力はバーツが上だが、バクチも限界を超えた力で走っているため、簡単には引き離せない。
 木々の間からこぼれる僅かな月明かりだけを頼りに、足元の悪い森の中を駆けていく。
 すると、グラフが小さなランタンを持って、目的の樹の前に立っているのが見えた。
   カーン
 遠くで鐘が鳴り始めた。
 鐘の音が終わればタイムリミットの12時となってしまう。
「やばいっ!」
『グラフ!!!!』
「受け取ってく、れっ!!!?」
 バーツは飛びつかんばかりの勢いでチョコレートを差し出した。
 と、軽い浮遊感と共に、声はそのまま下方へと流れた。
 3m四方、深さ2m程度の落とし穴がグラフの前に掘られていたのだ。
「うわ、わっ、わっ、わ」
 バーツよりやや遅れていたバクチだったが、急制動を掛けるには近すぎた。踏鞴を踏むもむなしく、バーツの後を追う羽目となった。
「痛ぅ・・・…」
「いてててて」
 全身を打ちつけた2人の口から思わず呻きが漏れる。だがこれしきの事でめげる彼らではない。
「大丈夫か?」
「グラフ!」
『受け取ってくれ!!』
腰 をかがめて穴を覗き込むグラフに向って、2人はチョコを握りしめた手を伸ばした。
「………何を?」
「え!?」
 グラフの言葉に手元を見てみれば、持っているはずのチョコが、ない。
「ど、どこだ!?」
「タイムオーバーよ、お二人さん」
 慌てて周りを見回すと、穏やかな声と共にグラフ夫人が現れた。
 グラフの隣に立つ夫人のその手には、バーツとバクチのチョコが握られているではないか。
「いつの間に!!!!!!!?」
「企・業・秘・密」
 いつ奪ったものか、驚愕の表情を浮かべ見上げる彼らに、夫人はにこやかに答えた。
「母さん。いつ此処に?」
「ついさっきよ」
「まったく・・・。なんでこんな穴掘ったのさ?」
「ちょっとしたサプライズ」
「相変わらずだなぁ」
 ころころと邪気なく笑う母の姿にそれ以上は何も言えず、グラフは肩をすくめると2人に向けて手を伸ばした。
「ほら」
 差し出された手を掴み、2人は穴の外へと引き上げてもらった
「グラフ、俺は―――!」
 時間切れだろうがチョコがなかろうが、ここまで来たからには引き下がれない。
 バーツが意を決して口を開いた。
「ほら」
「え?」
 が、グラフはバーツの言葉を遮ると、ポケットからなにやら取り出し、バーツに差し出した。手のひらに乗る程度の大きさのそれは、ファルコン文字の刻まれた石版だった。
「――これは?」
「誕生祝い」
「誕生祝い?」
「お前、今日誕生日だろ」
「……そうだったっけ?」
「あのな……。自分の誕生日忘れてンじゃねェよ。どうせこれを奪いに来たんだろォ? だから、誕生祝いにやるつってンの」
「え〜と……」
バーツはガリガリと頭を掻いた。確かにクロウバードの情報は手に入れていたが、その後に眼にした御触書の為に、ファルコンに関する情報など今の今まで綺麗さっぱり忘れていたのだ。
石板目当てで此処まで来たなどと、激しく誤解されたままではたまらない。
「あのな、グラフ。俺が此処に来たのは、バレンタインでお前にチョコを渡す為――」
「バレンタイン? なんだ、それ?」
「えーと……御触書、見たことないか?」
「御触書?」
「それじゃあ、今日のゲームの事は……?」
「ゲーム? バーツ、お前さっきから何言ってるんだ?」
「そ、それじゃ、お前は何で此処にいたんだ?」
「ん?なんで、って・・・今日はお前の誕生日だし、ただプレゼント渡すだけじゃ面白くないから、好きなところに隠れてろ、って言われたからここにいたんだが。――ひょっとして母さん、また何かやったの?」
「あら? なんのことかしら?」
 グラフが隣に立つ母を見た。夫人は微笑みを浮かべたまま、息子の視線をさらりと躱した。
 どうやらグラフはアーバラン中を巻き込んだバレンタインの騒動など、全く気づいてないようだった。
「あ〜〜〜〜。なぁんてこったぁあ〜〜」
 ねじの切れ掛かったオルゴールの様に間延びした声を出し、バーツはがっくりと肩を落とした。何しろ、万年片思いから脱出できると意気込んでいたのだ。そのショックは半端ない。
「ン〜だよ。せっかくやる、つってンのに、嬉しくねェのかよ」
「イヤ、そんなことはないゾ! ありが――ってェ!!」
 唇をとがらせて拗ねるグラフを抱きしめようしたバーツの脛を、バクチが思いっきり蹴飛ばした。
「バクチ!なにしやがる!!」
「すいません。ちょっとよろけちゃって」
「そういえば、なんで賭博までいるんだ?」
 グラフは口笛を吹いてそらっとぼけているバクチに視線を移した。
「俺はアンタに告…グハッ」
 ここぞとばかりに自らをアピールしようとしたバクチの鳩尾に、バーツが肘鉄をたたき込んだ。
「ひょっとして、お前も誕生日だったのか!? 参ったな……賭博の分は用意してねェゾ……」
「こいつのことは気にするな! 勝手に俺についてきただけだから!」
「賭博のプレゼントか……。何が良いかな……」
 2人の間に割って入ったバーツの声も聞こえてないのか、グラフはあごに軽く手を当て、バクチへのプレゼントを悩み始めた。
「お、俺はアンタがくれる物ならなんだって――」
「グラフ!こいつにプレゼントなんかいらねェってっ!」
「なんてこと言うんですか、キャプテン!」
「さあさ、みんな。いつまでもこんなところにいないで、家に戻りましょう。パーティの準備も出来てるわよ」
 夫人がパンパン、と手を叩き3人に声を掛けた。
「バーツ、賭博、行こうぜ。母さん! 一人で歩くのは危ないよっ!」
 グラフは踵を返すと、屋敷へと戻る母を足早に追いかけていく。
 だがバーツもバクチもすぐにはグラフの後を追わなかった。
「キャプテン……」
「あ〜?」
「勝負は無しになりましたね」
「ハッ! チョコは渡せなかったが、グラフは俺の誕生日を憶えてくれていたからな。俺の勝ちだ」
「それを言うなら俺だって! グラフは俺へのプレゼントを一生懸命考えてくれてましたよ!?」
「ンだとォ〜〜」
「なにやってんだ2人とも! 早く来いよ!!」
 いつまでもついてこない2人に、グラフは振り向いて呼びかける。
『今行く!』
「いつかケリはつけるからな」
「望むところですよ」
 2人は足を止めて待つグラフとの距離を縮めるべく歩き出した。



Fin

な、なんとか終わった…
数年越しのバレンタインネタでございました。
バーツとバクチがグラフにチョコをあげる話を書こうかな、
と思ったのがそもそもの始まりでして、その話を某方にしたところ
「どうせならみんなが争った方が面白くない?」
と言われ、それもそうね!とノリノリで書き始めたのが……
何年前の話よ、おい。
某さんもそんな話をしたことなんて
忘れていることでしょう(笑)


バーツの誕生日はバレンタイン翌日、という設定です
文章がへたくそなので、わかりにくくてすみません…