ここは温泉で有名な港街、ナイタム。
 スイートマドンナのクルー達は、久しぶりに陸の上での娯楽を楽しむため、各々自由に散っていった。
 そんな中バーツは一人甲板に残り、背中を船縁にもたせかけて空を見上げていた。
「バーツ? 何してんだ、お前」
 一人物思いにふけるバーツに声をかけたのは、緑色の船長服と右目の眼帯が特徴的な、キャプテングラフ。
 声をかけられて、バーツは空へ向けていた視線を正面のグラフへと移す。
「よぉ、よく俺がこの街にいるのが解ったな!?やっぱり、愛の力か?」
「あほか! 今日、この街に寄るように言ってきたの、お前だろォが!!
 だいたい人を呼び付けておいて、何、空なんか見てんだよ。何か面白いモンでもあんのか?」
 満面の笑みで、バーツはグラフに抱きついていく。少し顔を赤らめながらも、グラフはすぐさまバーツの腕を振り解き、バーツの隣に並んで空を見上げてみる。
 だが空には見事な満月が浮かんでいるだけで、これといって変わったものは何もない。
「いや、今日はお前と出会った記念日だし、満月だからな。一緒に月見酒でもと思って、呼んだんだが・・・。
お前を待っている間、月をみてたら、ちぃと昔のことを思いだしちまってよ」
「昔?」
「ああ。お前と出会って1,2年した頃のことをな。一緒に宝探しをしたことがあっただろう?」
 怪訝な顔で見つめてくるグラフに少し照れた笑みを返すと、バーツは空を見上げて語り始めた。

「だから、これはえっと・・・『西へ・・・祈りを・・・・』? ダぁメだ!! 肝心な所の字が、まだ読めないや・・・」
「折角、ファルコンの手がかりらしきものが見つかりましたのにね」
「また文献あさり、しないといけませんね」
「うん・・・。アーバランに帰ってから、じっくり調べないとなぁ・・・」
 大型海賊船クロウバード号。その甲板ではクルー達がそれぞれ、自分に割り当てられた仕事をこなしている。そしてクルー達の中に一人、片目に眼帯を付けた、黒いシャツと緑の船長服を着た人物がいた。
 少年、と呼ぶには少し難があり、かといって青年とも呼びきれない、中途半端な年頃。
 彼は幼いときからの世話役である二人のクルーとともに、古道具屋で手に入れた石板の解読を続けていた。
「キャプテン、スイートマドンナ号です!!」
 クルーの一人が悲鳴に近い叫び声をあげて、右舷方向を指さす。
 その叫び声に驚き、青年がクルーが指し示した方角を見ようと、慌てて移動しようとした時。
  ドーン!!!
 通算何度目なのか、もう数えるのもイヤになるぐらい聞きなれた衝突音が、辺りに響き渡った。
「バーツが乗り込んできたゾォ!!」
「今度こそ、フクロにしちまぇ!!」
「キャプテンに近寄らせんなぁ!!!」
 クロウバードのクルー達は口々に叫びながら、双剣をもった銀髪の男――こちらは青年と呼ぶにふさわしい外見の持ち主である――に斬り掛かっていく。
 だがバーツと呼ばれた青年には誰も敵わず、次々に剣を弾き飛ばされていく。
 そして悠々と船長服を着た青年に近付き、破顔した。
「よォ、グラフ。お宝、手に入れたんだってな」
「や、やらねェゾ。これは俺が手に入れたんだから」
 そう言うと、グラフは奪われないように石板を胸に抱え込む。一歩一歩、確実に近付いてくるバーツから少しでも遠ざかろうと、バーツが進んだ分だけ後ずさって行く。
「いいじゃねェか。俺にも見せてくれたって。減るもんでもなし」
「ヤダッ!! お前はいっつもそー言って、俺のモン持ってくじゃねェか!!」
「それならしゃあねェな・・・。実力行使ということで!!」
 一向に縮まらない距離に少しイラついたのか、バーツは両手に持っていた剣を腰の鞘に収めると一気に走り寄り、グラフを肩に担ぎ上げた。
「う、うわぁ!!??」
そして周りが呆気にとられているうちに、グラフを担ぎ上げたままスイートマドンナ号に飛び移っていく。
「ノーズ!出航だ!!」
 飛び移ると同時に出航の合図を出し。
 キャプテンを攫われたことに気づいたクルー達が、慌ててスイートマドンナ号の後を追おうとする。しかし右舷に大穴が開いているため、それすらもかなわない。
「バ、バカ!!下ろせよォ!! なんで俺まで連れてくるんだ!!」
「なんでって・・・。お前がお宝を渡してくんねェから、お前ごと頂いたんだけど? だから暴れんなって、オイ」
 グラフは、バーツの肩の上でジタバタと暴れるがそれはムダな抵抗に近いらしく、バーツは涼しい顔でグラフを担ぎ続けている。
 クロウバード号からかなり距離が開いた頃に、ようやく肩から下ろされた。
「帰せよっ!!」
「帰せっても、もう無理だぜ? 諦めて、俺と一緒に来いよ。
たまには二人で宝探しってのもいいじやねェか♪ それが嫌なら泳いで戻るか?」
 顔を真っ赤にして喰って掛かるグラフに向かって、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるバーツ。
 泳いで戻ろうにも、クロウバード号はもう豆粒のようになっている。
「・・・お宝は、山分けか?」
「当たり前だろ。俺とお前、二人で探すんだから」
 自分の船に戻るのが無理と知ると、グラフは上目遣いにバーツを睨み付けて、抱えていた石板を渡した。
「サンキュ♪ ノーズ!! これ解読してくれ!!」
 ノーズによってほどなく石板の解読が終わり、スイートマドンナ号はグラフを乗せたまま宝探しへと出発していった。

「キャプテン、大変なことが解りました」
 出発してから3週間ほどたったころ。いつものように嫌がるグラフをかまい倒していたバーツに、ノーズが重苦しい表情で声をかける。
「何が?」
「お宝の場所に、少し問題が・・・」
 楽しみを邪魔されて少し不機嫌になっているバーツと、バーツから逃れられてほっとした表情のグラフ。そんな二人の様子をを全く気にすることもなく、ノーズは手にした地図を二人の前に広げ、説明を始める。
「この石板が示す場所と、現在の地図を重ね合わせてみたんですが・・・
この地図によると、現在の場所はこの土地の領主の、屋敷のすぐ側にあたります。
しかもこの領主なんですが、傭兵を沢山雇って屋敷の警備にあたらせています。
屋敷が建っているのは海のすぐ側なんですが、屋敷の裏手は断崖絶壁、他の道には傭兵、となかなかの条件でして。
しかも今は満月なんで、闇夜に紛れてという訳にもいきませんのでのォ。どうします、キャプテン」
「どォすんだ?バーツ」
「どうするもなにも・・・コソコソすんのは性に合わねェ。さっそく今夜上陸するゾ!! ・・・何て顔してんだよ。大丈夫だって!
安心してろよ、グラフ」
 ノーズの説明を聞いて不安そうな顔をしているグラフに、バーツは何の根拠もなく、自信タップリな笑顔でキッパリと答えた。

 ・・・気が付いたら、両手両足を縛られて床に転がされていた。
 起き上がろうとして、後頭部に鈍い痛みが走る。
 痛む頭でなんとか周りを見渡してみる。どうやらそこは、牢のような場所であるらしい。
 バーツは曖昧な記憶を辿り、自分の置かれている状況を把握する。
「やっべぇ・・・ドジ踏んじまったな」
 あまり細かい作戦も立てずに目指す場所に向かったが、兵に見つかることもなくお宝をGETできた。
 それで気が緩んだのであろう。船に戻る途中で見咎められ、追いまわされるハメになり。
 そして逃げる途中でバーツは足を痛め、宝を持ったグラフとノーズを逃がすため、囮役を引き受けて。
 暫く逃げまわり、何とか捲いたとほっと一息ついた瞬間。後頭部に鈍い衝撃を受け――ここにいる。
 グラフと別れたときは空が白み始めた頃だったが、今では太陽がかなり高い位置にあることが、小さな明り取りの窓から知れる。
「まあ、ジタバタしてもしゃあねェな。そのうちグラフが助けにくるだろ」
 両手足を縛られているので、バーツは壁を使って座り込む。
 それから暫くたった頃。2、3人の足音が聞こえてきた。
 現れたのは、血色の余り良くない痩せた男。山賊と間違われてもおかしくないほどの面構えをした、二人の男を従えている。
 服装から判断して、この土地の領主と傭兵らしい。
「ジョン・バーツ、賞金首の海賊か」
「どうするつもりだ?殺すのか?」
「まさか。まだ殺しはしないさ。君には他に逃げた海賊をおびきよせるエサになってもらわないといけないんでね。・・・連れていけ」
 全く恐れた様子のないバーツに、領主は肩をすくめて、二人に命じた。
 足枷を外され、乱暴に立たされる。バーツは後ろ手に縛られたまま、背中をこづかれてしぶしぶ歩いていく。
 そして向かった先は、一言で言えば『拷問部屋』
 あまりに解りやすい展開に、バーツも呆れかえった。
「あー、いい趣味してんな、アンタ」
「お褒めにあずかり、光栄だよ。君はある程度痛めつけておかないと。仲間が助けに来たときに、一緒に暴れられると困るんでね」
「ハッハッハ・・・ふざけんな、タコ」
 ちょっと頭の寂しい領主に、グサリとくる一言を吐くバーツ。
 領主は引きつった笑顔を浮かべている。
 そしてバーツの横面を張り倒し、二人の傭兵に命令した。
「ぶちのめせ!!」
 後ろ手に縛れているうえ、片足は腫れ上がっているため、反撃もままならない。
 出来るだけダメージを受けないよう、気を付けて殴られてはいたが、普通の人間なら死んでもおかしくないほどに殴られ、さすがのバーツも気を失ってしまう。
 だが、水をかけて無理矢理意識を戻させる。
 今度は自分の手で痛めつけようと、領主が壁に掛けてある鞭に手をかけたとき。
「何事だ!?」
 屋敷の周りで砲撃音のような音が聞こえてくるのに気づいた。一人が様子を見るため部屋から出ていって――戻ってこない。
 残った一人が廊下の物音に気づき、ドアを開けた瞬間、低い呻き声を上げて崩れおちた。
 気を失った傭兵を押し退けて、部屋に入って来たのは――キャプテングラフ。素肌の上に直接船長服を着て、猛獣すら従うであろう眼光で、ゆっくりと領主の前に歩み寄る。
「だ、誰だ!?」
 あまりの迫力に、領主の誰何する声は震え、無意識のうちに後ずさって行く。
「誰だ・・・か?俺はラーアジノヴの海賊、クロウバードのキャプテングラフなんだがな。そこに転がっているのは、俺の連れなんでな。返してもらおうか」
「この私が海賊の言いなりになど、なると思ってるのか?」
「断ればこの屋敷だけでなく、お前さんの領地すべてが灰になるだけだ」
「ハッタリもいい加減にするんだな、クロウバード号がこの近辺にいないことは調査済みだ! 直に私の私兵達がお前など斬り捨ててくれるわっ!!」
「ハッタリかどうか試してみるか? 海賊クロウバードが、クロウバード号一隻だけだと本気で思っているのか?
言っておくが、お前さん自慢の傭兵はもう全滅してるぜ」
 グラフの言葉に、慌てて兵達を呼び出すベルを鳴らしてみるが、傭兵たちが現れる気配はない。その間にも、砲撃音はどんどん激しくなり、屋敷のあちらこちらで崩れる音がする。
「さて、俺はあんまり気の長い方じゃないんでね。どうしてもこいつを渡したくないというなら仕方がない。お前の命を頂くとしようか」
 グラフは腰に佩いた剣をゆっくりと引き抜き、頸動脈にピタリとあてた。
 殺気、という言葉すら生優しく感じる程の、静かな気を纏ったグラフ。領主は身動きすらできず、ただひたすら脂汗を流し続けている。
「どうする?」
 その一言に、部屋中が凍りついたような錯覚に囚われた。
「つ・・・連れて帰れ」
 剣を首筋にあてられていて動かせないため、引きつった声で答える。答えた瞬間、グラフは領主のみぞおちに一発入れて昏倒させた。それきり領主の方には興味を失い、床に投げ出されているバーツを助け起こす。
 バーツは信じられないものでも見たように、惚けていた。
「おい、大丈夫か?」
「なんとかな。しかし・・・お前、本当にグラフか?」
「どういう意味だよ!!」
「いや・・・俺の知ってるお前と雰囲気が違い過ぎてよォ。クロウバード号以外に配下がいるってェのも初耳だしな。それに、シャツはどうしたんだ?」
「俺だって、やるときはやるんだぜ。それに、配下なんかいねェよ。今のはハッタリに決まってるだろォ。今砲撃してんのは、ダイアモンドサーペントだよ。丁度近海を航行してたんで、協力してもらってんだ。シャツは・・・ダイアンに、脱いだ方が迫力がでるぞって言われたから脱いだんだけど・・・おかしいか?」
「おかしかねェよ。よく似合ってるぜ」
 今までの雰囲気はどこへやら、途端にいつもの表情になったグラフに、バーツは笑顔で答えてやる。
「・・・・かなりやられたな。歩けるか?」
 褒められてちょっと気恥ずかしくなったのか、グラフは少し顔を赤くして話しを逸した。
「悪ィ・・・ちぃと足を痛めちまってんだ。肩、貸してくれ」
「そっか。じゃあ」
 バツが悪そうに照れ笑いを浮かべるバーツに肩を貸して、共に歩き始めた。
「借りができたな」
「今度返してもらうさ」
 そして二人は崩れ始めた屋敷を後にした。

バーツの思い出話を静かに聞いていたグラフ。
「そーいやあの時の貸し、返してもらってねェな。どうやって返してもらおうか・・・」
 今の今まで、そんなことがあったことをすっかり忘れていたらしい。俯いて、ああでもない、こうでもないと考え込んでしまった。
 バーツはそんなグラフを愛しげに見つめ、両手で彼の頬をそっと包み込んだ。そして俯いて考え込んでいるグラフの顔を、自分の方に向けさせた。
 グラフはニッコリと微笑んだバーツの顔を間近に見てしまい、我知らず顔が赤くなった。
「あの時から、俺は本気であんたに惚れたんだぜ。だから今晩、月見も兼ねて借りを返そうと思ってな」
「ちょ、ちょっとまて!」
 口付けようと顔を寄せてきたバーツを慌てて引き離す。
「何でこれが借りを返すことになるんだよ!」
「いいじゃねえか。お互い気持ちよくなれるんだし」
「気持ちよくなるって、それはお前だけじゃねェか!! とにかく、借りの返してもらい方は俺が決める!!」
 バーツとは付き合いは長いし、密かに憧れてもいる。だからといって、いきなりそういう関係になれと言われても受け入れられるわけもない。
 キスされかけたことに嫌悪感を感じなかった自分に戸惑いながら、そのことをバーツに悟られないようことさら大きな声で嫌がってみせた。
 バーツはそんな彼の動揺を見抜いているのか、楽しそうにグラフを見つめ、破顔した。
「分かった。今日は月見酒の相手で我慢してやるよ」
「変なことすんなよ?」
「しねェって」
 警戒心をあらわにしているグラフを可愛く思いながら、バーツはいきなりその場に胡坐をかいて座り込んだ。
 彼の傍らにはバーボンやウオッカの瓶が大量に置かれていた。
「なにやってんだ、座れよ。折角の月が傾いちまわないうちに、始めようぜ」
「あ、ああ・・」
 バーツは立ち尽くしたままのグラフを見上げ、見事なウインクをしてみせた。
 僅かに顔を赤くして、グラフはバーツの前に座り込んだ。そしてバーツからバーボンの入ったグラスを受け取り、目の前に掲げた。
「それじゃ、2人の出会いに・・乾杯だ!!」
 バーツの言葉と同時に2人はグラスを合わせ、酒を飲み始めた。
 ―――2人だけのささやかな酒宴を、月の光が優しく照らし続けた。







END

バグラバージョンです。
といってもラストをちょっと変えただけですが(汗)
グラバが駄目な某方の為と、
個人的好みで書き直しました。(苦笑)