Trick or treat
とある港にスイートマドンナ号は停泊していた。
水の樽を担いだハルクや、食料の入った籠を抱えたバクチ達。
次なる航海に向けて、皆忙しく働いている。
船大工の棟梁と修理費の交渉を終えたバーツが、積み上げられた樽の傍を通りかかった時だった。
「Trick or treat!」
樽の影から賑やかなかけ声と共に、ココとミルカが現れた。
2人は先の尖った黒い帽子と黒いマントを身につけており、ミルカの手には小さなステッキ、ココの手にはカボチャをの中身をくりぬいて作られた、提灯の様な物が下げられていた。
「…………」
珍妙な格好をした2人がいきなり目の前に現れ、さすがのバーツも暫し沈黙する。
「……なんだ、そのカッコ?」
「今日はこの街のお祭りだから、ってさっき街の人にもらったんです」
「この日はお化けの格好をした子どもにお菓子をあげる日なんだってさ。しかも、お菓子をくれない大人にはいたずらしていいんだって!」
「へ〜。ンな祭りがあったのか」
「だからさ、バーツ。お菓子頂戴」
感心したように2人の説明を聞いていたバーツに向かってココが手を出したが、世の中はそんなに甘くない。
「んなもん、あるわけねェだろォ? 忙しいんだから、とっとと荷物つんじまえ」
差し出された手をパン、と軽く叩き、バーツはさっさとスイートマドンナ号へ行ってしまった。
「もう!」
折角の祭りだというのに、全く相手をしてもらえない。
歯がみしながらきょろきょろとあたりを見回すと、見知った船が停泊していることに気づいた。
「ミルカ、あっちに行こう!」
ココはミルカの手を引き、その船に向かって走り出した。
「気をつけろよ〜」
目録を手に、補給するクルーを監視しているグラフ。
腰のあたりをトントン、と叩かれた。
「ん?」
くるりと振り向く。が、誰もいない。
「Trick or treat!」
視線を下げると、奇妙な格好をしたココとミルカがいた。
「なんだ、バーツの所のガキじゃねェか」
「ハッピー、ハロウィン、キャプテングラフ」
ミルカがはにかみながら挨拶をした。
「ハロウィン?」
「あのね……」
初めて聞く単語に首を傾げるグラフに、ココが説明をする。
「へ〜、そんな祭りがあんのか。 お前らにやれるような物持ってたかな……」
説明を聞いて納得したグラフ。ズボンや船長服のポケットをごそごそと探る。が、ポケットを引っ張り出しても出てくるのは埃ばかり。
「ちょっと待ってろ。船ン中探してくるから」
グラフの様子に表情を曇らせたココとミルカに声を掛け、グラフは大急ぎでクロウバード号に戻っていった。
残された2人はドキドキしながら待っていたが、かなりの時間が経っても一向にグラフは戻ってこない。
「ココ……大人はお菓子なんて食べないよね……」
「やっぱり無理なのかなぁ……」
諦めかけた2人がっくりと肩を落としたときだった。
漸くキャプテングラフがクロウバード号から現れた。
2人の前に戻ってきたグラフは船長服のポケットを探ると、
「悪ィな。こんなもんしかねェ」
一本の瓶を申し訳なさそうにココとミルカの前に差し出した。
半分ほど詰まった瓶の中身は、色とりどりの金平糖だった。
「わぁ、綺麗!」
「ありがとう、キャプテングラフ!!」
「やっぱりまだまだガキだな……」
手を振り大喜びでスイートマドンナ号に戻っていく2人を微笑ましく想いながら見送ったグラフは、ふと背後に気配を感じて振り返った。
すると目の前、鼻がくっつきそうなほどの至近距離に、バーツの顔があった。
「うわっ、わわぁっっ!!!!!!」
驚いたグラフはマッハの早さで後ずさり、思わずへたり込んでしまった。
へたり込んだグラフの傍に来たバーツ、膝を曲げてグラフと視線をあわせた。
「Trick or treat〜」
「なにがTrick or treatだ!!」
いきり立つグラフも何のその、バーツがニコニコしながら手を差し出した。
「何だよ、この手は?」
「俺は菓子じゃなくてファルコンの手がかりが欲しいな〜」
「ンなっもんねェ! ここには補給で立ち寄っただけだっ!!」
突き出された手を払いのけ、グラフが立ち上がる。
「ふ〜ん……。じゃ、しゃあねェな」
バーツがおもむろにグラフをの腰に腕を回し、きつく抱き寄せた。
「!!?? なんの真似だっ!?」
「ん? 決まってんだろォ? お菓子をくれない大人には、お化けはいたずらするンだぜ?」
腕の中に居るグラフに向かってウインク一つ。
「……いたずら」
バーツの意味深な微笑みに、グラフの顔から一瞬にして血の気が引いた。
「今晩は楽しい夜になりそうだな♪」
「いやだぁぁぁ!!!!!!!!!!」
なんとか逃げだそうとグラフは全力で藻掻くが、バーツにかなうわけもなく。
バーツに担ぎ上げられたグラフは、そのままスイートマドンナ号の船長室へと消えていった……
END
