キープグラバ。今日も今日とて中立港にふさわしい賑わいを見せているこの港に、スイートマドンナが入港したのは夕闇の迫るころだった。
バーツ達はとある島でファルコンの手がかりとなる石版を見つけたのだが、海賊旗を揚げてまもなく、この近海で食料が底をついてしまった。
目的地は海のど真ん中。食料なしで行くのはさすがに無謀なことと、景気付けも兼ねてしぶりの陸にやってきたのだ。
上陸の楽しみといえば新鮮な材料を使った料理と旨い酒。
補給の手はずを整えバーツたちはいつも利用している宿屋へと向かった。
「トリックオアトリート!」
料理に舌鼓を打つバーツの前にいきなり現れたのは、、黒いトンガリ帽子に小さなマント、黒いミニスカート姿のミルカだった。その隣には目のところくりぬいた白い布を頭から足の先まですっぽりとかぶった子供。おそらくココであろう―――が立っている。
「・・・・・」
バーツは2人の突拍子もない姿を横目で一瞥しただけで、かぶりついた鳥足をモシャモシャと食べ続けている。
「トリック・オア・トリート!!」
ガン無視された白布おばけが、プチ切れ気味に再度叫んだ。
頬張った肉を飲み込んだバーツがようやっと口を開いた。
「…なにやってんだ?」
思い切りめんどくさそうな口ぶりだった
「なにって。今日はハロウィンだよ!!」
だがバーツの態度に慣れきっているココはそんな細かいこと気にしない。布から顔を出すと、得意気に言った。
「ハロウィン?」
どこか聞き覚えのある単語にバーツが記憶を探る。
と、この店に来る道中、奇妙な格好をした子供たちをちらほらと見かけていたことを思い出した。
「ああ、そういえばそんなのがあったなぁ。って、確かあれは西の街の祭りだったんじゃねェか?」
「それがね、こっちのほうにも広まったんだって!」
「ほ〜」
中立港であるキープグラバは、ラーアジノヴのみならず他国からもさまざまな人たちがやってくる。
人が集えば情報も集まる。商魂たくましいこの街の住人が儲け話を見逃すはずがない。
一地方の祭りがこの街を拠点に、ラーアジノヴ各所に広まるのもよくあることであった。
「だからさ、バーツ。お菓子頂戴」
ココがずずいっと手を出す。
「あぁ〜〜?」
「頂戴」
差し出された手をじ〜〜〜っと見ていたバーツだったが、鼻をほじるとその指をココの手に擦り付けた。
「!! きったない!! ひどいよ、バーツ!!!」
「ンなもんあるわけねェだろォ。明日は早いんだ。とっとと寝ちまえ」
傍らの酒瓶を掴むと憤慨するココにヒラヒラと手を振って、バーツは2階へあがっていった。
「もう!」
バーツがダメならば、と周囲を見渡して見るものの、他のクルーも皆酔いつぶれていてまともな者は誰もいない。
「ねぇココ、やっぱり大人はお祭りなんて楽しまないのかな……」
「う〜〜ん…」
「よォ、いたな、ガキども」
しょんぼりと肩を落とした2人の頭に掌が置かれ、ココが聞き覚えのあるその声に振り向いた。
「……キャプテングラフ?」
見知った仲であるはずのその人の名を怪訝な声で呼んだのも、致し方ないことであろう。
彼は普段の船長服ではなかった。
黒いスーツと黒いマントに身を包み、シルクハットにステッキ。そして唇の端には小さな牙。所謂吸血鬼と呼ばれる姿をしていた。
「どうしたの、その格好?」
「どうしたって、今日はハロウィンだろォ。仮装は子供だけじゃねェらしいからな、俺もやってみたんだが…似合うだろォ?」
「はい!とっても似合ってて素敵です!」
「サンキュ。で、どうした? いたずら坊主どもはバーツから菓子をもらえなかったのか?」
「私、坊主じゃありません」
「はは、ごめんごめん」。
グラフはぷっくりとふくれるミルカの頭を優しく撫で、
「お詫びに…手ェだしな」
『え?』
訳もわからず両手を出した子供達の掌に載せられたのは、リボンで飾られた小さな紙袋。
「なに、これ?」
「いたずらお化けどもへプレゼントだよ」
2人が袋を開いてみると、中身は星型やハート型といったさまざまな形をしたクッキーだった。
「わぁ、かわいい!!」
「おいしそう〜。…もらっていいの?」
「ああ。去年は碌なものやれなかったからな。俺の手作りだゾ、味わって食ってくれ」
『ありがとう!!』
「おっとっと」
喜びのあまり飛びついてきた2人をちょっとよろけながらも抱き留めると、グラフは周囲を見回した。
「ところで……バーツはどこに行った?」
「バーツなら2階に上がったよ。お酒持っていったから多分寝てるんじゃないかな?」
「そっか。それならちょうどいいな。サンキュ」
「どうするの?」
「決まってるだろォ?いつもやり込まれてる仕返しに、いたずらするんだよ」
ウインクのつもりなのか、ココに向って軽く左目を閉じたグラフは足音をしのばせ階段を上がっていく。
そんな彼をを黙って見送った2人だったが、グラフの姿が視界から消えたころ、ミルカがポツリとつぶやいた。
「うまくいくのかな…」
「ん〜……」ココは軽く頭をひねると、言った。
「多分むりじゃないかな?」
グラフは細く開けたドアの隙間から部屋の中を覗いた。
明かりは点いていた。バーツはというと、ベッドに横になり、いびきをたてて眠っている。
建て付けの悪いドアが軋まないよう慎重に開けると、グラフは滑り込むようにして部屋へと入った。
バーツを起こさないよう、忍び足でベッドへ歩み寄る。と、腰を落としてなにやらごそごそと作業を始めた
今度はベッドへ上がり、バーツの腹の上へゆっくりと腰をおろした。
そのまま様子を見るが、バーツは一向に起きる気配を見せない。グラフは軽く肩を竦めると彼の頭を挟むように両手をベッドへ付け、爆睡するバーツの耳元に唇を寄せる。
「…バーツ。起きろ、バーツ」
「んあ?」
「よォ、バーツ」
「グラフ!!……痛ぅ」
非常時以外はほとほと寝起きの悪いバーツであるが、髪が頬に触れ吐息が掛かるほど近くにある彼の笑顔に、一瞬で覚醒した。
次の瞬間、グラフを抱きしめようとした両腕に強烈な痛みが走った。
「なんだこりゃあ!?
痛みの原因を求めて頭を左右に振ったバーツが見た物は、ベッドの脚に縛り付けられている己の両手。
「どういうこった、グラフ!?」
「ん? 俺はグラフじゃないぜ? 今日はハロウィンだからな。お化けがお前にいたずらをしに来たンだよ」
グラフは問い詰めるバーツの頬をなで、囁いた。
「…お前のなすがまま、か。色っぽいいたずらなら大歓迎だ」
艶っぽい雰囲気を漂わせて自らの腹の上に腰を落としているグラフに、バーツはもうデレデレだ。その顔はこれ以上ないほどにゆるみきっている。
「そうこなくちゃ。ところで、バーツ」
「ん?」
「これな〜〜んだ?」
全身の力を抜いてWelcome状態のバーツに、グラフがポケットから何かを取り出して見せた。
それは、バーツが下穿きの中に入れていたはずの石版だった。
「おい、それは!?」
「キャンディの代わりにもらっていくぜ。じゃあな!!」
「グラフ!」
ベッドから飛び降りたグラフがひらりと身を翻し、足を踏み出した刹那。
びったん!!!
グラフはバランスを崩して顔から床に倒れこんだ。
「痛ぅ・・・…」
いったい何が起こったのか。打ち付けた鼻を押さえて振り向いたグラフの目に映ったのは、マントの裾を掴んでいるバーツの足の指。
「んなっ・・・」
「知らなかったか? 俺は足指力大王って呼ばれてるんだぜ?」
その声にベッドへ視線を向けると、バーツはベッドの上に上体を起こしているではないか。
「え、え? いつのまに?」
「縄の特性を知り尽くしている俺にはこんなもん、屁でもねェよ。…ということで、だ。大きないたずらお化けには、菓子なんかよりずっと甘い時間をプレゼントしなあきゃあな?」
バーツは底知れぬ笑顔を浮かべながら、先ほどまで自身を縛り付けていた縄を手に、床にへたり込んだままのグラフにむかってゆっくりと確実に歩み寄ってくる。
「ちょ、待っ、バー…。いやだあああぁぁぁ………!」
バーツの部屋の前で様子を伺っていたココとミルカ。部屋から漏れ聞こえる悲鳴に顔を見合わせると、
「やっぱり……」
「バーツにいたずらは無理だよね」
肩をすくめ、自分たちの部屋へ戻っていった。
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