この話は架南さんの「海流の休憩所」(現:水天茶房)
内にあった一コンテンツ、『古亜学園』の設定をお借りしております
古亜学園外伝
教えて!ティーチャー
キーンコーンカーンコーン♪
「よ〜し、時間割は行き渡ったか?
一科目でも赤点のがあったヤツは、冬休みの間中補習が入るから覚悟しておくように」
「ええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!????????」
授業終了を告げるチャイムが鳴り、教室にダイアン先生の胴間声が響き渡った。
同時に教室内にどよめきが走る
此処は古亜学園。
来週から期末テストである。
「起立。気をつけ。礼」
『ありがとうございました!』
HR終了の挨拶を終え、ダイアン先生が教室から去った後。
2年1組の名物トリオ(バクチ・デッド・ピート)は教室の一角に集まり、頭を抱えていた。
体育以外は平均的な成績である彼らだが、たった一つだけ苦手な科目があった。
問題の科目。それは古典だ。
いつも古典が赤点な彼らにとって、ダイアン先生の告知は深刻な問題だった。
せっかくの冬休み。短い休みの間にわざわざ補習を受けに登校するなど、まっぴらごめんだからだ。
『ファルコン文字なんて、勉強したって何の役にもたたねェだろォ!!!!』
と吠えてみたって始まらない。
3人はがっくりと肩を落とした。
「僕、休みの間は別荘に行く予定なのに!」
「俺だって部活とバイトで予定が詰まってるんだ!」
「……」
3人で顔をつきあわせてウンウン呻る。が、こんな事したって成績はあがらない。
「こうなったら……。3人で試験勉強するか?」
「すいません」
バクチの提案に、申し訳なさそうにピートが手を挙げた。
「バクチさん……。僕はロザーナに教えて貰おうかと……」
3人のなかでただ一人、彼女持ちのピート。その彼女は学園理事長の娘であり、学園トップの成績を誇る才女であった。
それなら皆一緒に教えてもらえばいいじゃないか、と責めるのは野暮というもの。
「……勝手にしろ」
憮然とした表情でバクチが答えた。
「ありがとうございます。 それでは」
ピートはにっこりと微笑むと荷物をまとめ、いそいそと教室を出て行ってしまった。
いつも仲良く一緒にいると評判の2年1組名物3人組も、勉強のこととなれば友情にひびが入るらしい。
ピートを無言で見送ったバクチは、
「デッド……俺たちだけで何とかしようか?」
デッドに向き合い、言った。そのとき。
「俺の出番でちゅね!?」
謎の声が響き、教室のドアが勢いよく開かれた。
突然の事に驚きドアを凝視する2人の前に、ザギがバレエを踊るようにくるくると回りながら現れた。
ザギはデッドのすぐ側でぴたりと回転を止めた。彼の手をとり、その身を摺り寄せる。
「デッド、困っているでちゅか? でも心配いりまちぇん! 古典が得意中の得意である俺が、個人授業してあげまちゅよ」
うきうきと、家庭教師を申し出た。
デッドは握られた手を払うこともできず、渋面を作ったまま固まっていた。
いつもならザギの申し出など宜もなく断るのだが、せっぱ詰まったこの状況ではさすがのデッドも否とはいえないらしい。
ややあって心底嫌そうな顔でザギを見、バクチへ顔を向けた。
「バクチ、お前も一緒に・・・」
「ダメでちゅ!!!俺が教えるのはデッドただ一人でちゅ!2人きりで過ごす貴重な時間に邪魔者はいりまちぇん!!!」
ザギがもの凄い勢いでデッドのセリフを遮った。
「よろしく頼む……」
ザギの剣幕に、デッドが折れた。あきらめたように肩を落とし、項垂れる。
「任せるでちゅ。この俺が満点を取れるようにしてあげまちゅからね。では早速今日から2人でプライベートレッスンでちゅ!!!!」
ザギはデッドの手を握ったまま、ルンルンランラン、スキップをしながら教室から出て行った。
そんな2人を見送ったバクチ。一人取り残され、ぽつんと立ち尽くす。
「ふははははは」
突如バクチの背後から笑い声が響いた。
振り向いたバクチの前にいたのは。
「赤点確実とはいいざまだな、マックス!」
ナッツだ。
いつもバクチにからかわれているナッツにとって、これは逆襲できるまたとないチャ──ンス!
喪黒福三ばりにド──ン!と指を突きつけ、せせら笑う。
「そういうお前はどうなんだ!!」
「ふふん。俺は古典は得意分野なんでな。いつも赤点ばかりの誰かさんとは、ここの出来が違うんだ!」
自らの頭を人差し指でとんとんとたたき、得意満面。
「ヴあ〜〜」
「はっはっは。ははぁ〜〜はっはは!!!」
普段と立場が逆転できてよほどうれしいのだろう。ナッツは腰に手を当てて思い切り胸をそらし、笑い続けている。
「はっっはっは・・・・・・と、とぉぉぉぉ〜〜!???」
ナッツは胸を張りすぎてバランスを崩し、したたかに後頭部を打ち付けてしまった。
「ツツツツツ……」
「あほか、お前」
頭を抱えて蹲り痛みを堪えるお間抜けなナッツに冷たい一言を投げかけ、バクチは教室を後にした
バクチは廊下の窓枠に頬杖をつき、外を眺めていた。
ピートの様に頭のよい彼女がいるわけでもなく、デッドの様に進んで勉強を教えてくれる相手もいない。
「ヴぁ〜〜」
いくら考えても赤点を回避する方法は思いつかず、本日十数回目のため息をついた時だった。
「どうした?」
聞き覚えのある声を耳にして、バクチは視線を横に向けた。
すると、いつの間にか隣にグラフがいて、彼の顔を覗き込んでいるではないか。
「グ、グラフ!?」
「さっきから何をため息ばっかりついてるんだ?」
驚くバクチに、グラフが重ねて問うた。
「ン……。今度の期末試験なんだけどさ、赤点取ったら補習だって言われてよォ……」
「ああ、知ってる。 俺のクラスでも言われたからね。でも、赤点取らなきゃ大丈夫だろォ?」
「それがさ、俺、古典がからきしダメなんだ。だから赤点確実で・・・・」
「ふ〜〜ん……大変だな」
「はぁ……」
愛しのグラフが隣にいるというのに、全く気分が晴れない。バクチはまたしてもため息をついた。
「一緒に勉強しないか?」
「え?」
予想だにしない言葉に耳を疑った。
「俺、古典の成績はいいからさ、教えてやるよ?」
マジマジと自分の顔を凝視するバクチを全く気にせず、グラフは笑顔で言った。
「い、いいのか!?」
「お前には色々世話になってるからね」
「サンキュウ!!」
バクチが大喜びでグラフの手を取ろうとした瞬間。
「面白そうな話をしているな」
2人の間ににょっきりと、銀髪の青年が現れた。
「バーツ!?」
「キャプテン!?」
「俺も混ぜてくれよ、グラフ」
グラフの肩を抱き寄せ、バーツはさりげなくバクチから引き離した。
グラフは軽く首を傾げてバーツの顔を見つめ、
「でも、バーツは3年だから古典はないだろォ?」
「俺が実技以外の成績がからきしなのは、お前も知ってるだろォ?」
「それは確かにそうだけど・・・・。でも俺、3年生の範囲なんてよく分かんねェゾ?」
常に学年上位にいるグラフではあるが、さすがに3年生の勉強まではカバーしていない。
「俺が教えてやろう」
新たなる4人目の声が響いた。
3人は一斉に、声のした方へ視線を向けた。
「オヤジ!?」
『グラフ先生!?』
通りすがりの、パパだった。
パパはおもむろに懐から成績表を取り出し、ペラペラと捲っていく。
「ジョン・バーツ。数学は常に赤点だな。いい機会だからみっちりと教え込んでやる。それと息子よ。
この男に勉強を教えてやるのはいい心がけだが、間違いが起こってはイカン。父の目の届く場所で勉強会をするのなら許可するゾ」
「間違いって……。オヤジは俺がカンニングの方法でも教えると思ってるの?」
「そうではない。野獣と2人きりにしたら、可愛い息子の身が危険に曝される可能性がだな・・・」
「んなっ!?」
野獣呼ばわりされ狼狽するバクチとは裏腹に、グラフはパパの説明に小首をかしげている。
「よく分かんねェ・・・。ま、いいや。オヤジとバーツ、4人で一緒にすればいいんだろォ?」
「そういうことだ」
パパはウンウンと頷き、3人を促すと、数学準備室へと向った。
すぱーん!!!
頭をスリッパではたく小気味よい音が準備室内に響いた。
「イテェな! なにすんだよ、グラフ先生よォ!!」
「この程度も覚えられない頭に活を入れているんだ!」
「そんなにポンポン叩かれたら、せっかく覚えた公式が消えちまうだろォ!!」
「お前みたいなヤツは叩いて入れ込むぐらいで丁度いいんだ!」
「うるさぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!」
バン、とグラフが両手を机に叩きつけて立ち上がった。
「いい加減にしろよ、2人とも! 勉強してるんだから静かにできないのか!? オヤジもバーツを叩くのをやめろよ!!」
「でもグラフよォ・・・・、グラフ先生が」
「しかし息子よ・・・・この大馬鹿者が」
「もういいよ!!」
グラフは自分とバクチの教科書を手早く片付けると、カバンに仕舞い込んでしまった。
「いこ、賭博」
バクチの手をとり、すたすたと歩き出す。
えええええええ??????????
いきなりの展開に戸惑うバクチだが、驚いたのは彼だけではない。
『何処へ行くんだ!?』
パパとバーツも、大あわてでグラフを呼び止める。
戸口をくぐる寸前、くるりと振り向いたグラフは
「うるさいから俺たちは他所で勉強するんだよ! いい? オヤジ、バーツを叩いちゃダメだからね!
それと、バーツが試験で一科目でも赤点を取ったら、2人とも2度と口を利かないから! そのつもりでいてくれよ!!??」
パシャ───ン。
唐突な宣言に固まった2人の眼前で、準備室の扉が勢いよく閉められた。
バクチの手を握ったまま、グラフはずんずんと歩いていく。
「グラフ、どこへいくんだ?」
「図書室」
「図書室?」
グラフの言葉に、バクチは一瞬怪訝な表情を浮かべた。
「あんなうるさいんじゃ勉強もはかどらないだろォ? 図書室なら他に生徒がいても静かでいいからね」
「なるほどね……」
続く言葉に、ああ、と納得した。
優等生に程遠い彼は、図書室の存在を綺麗さっぱり忘れていたのだ。
「でもキャプテンは・・・・・・」
躊躇いがちなバクチの声に、グラフは足を止めた。バクチを振り返り、にっこりと笑みを向ける。
「ほっとけばいいよ。オヤジとバーツは、俺がいない方が仲良くしてくれるんだ。俺たちは俺たちで、頑張ろうぜ?」
「お、おう!」
繋いだ手のぬくもりと、間近にあるグラフの笑顔に幸せをかみ締めながら、バクチは力一杯頷いた。
それから2週間後。無事に期末テストも終わり、生徒たちの元に答案用紙が返された。
「やった・・・・・」
「やりましたね・・・・・」
「・・・・・・・・」
『やったぞ───!!』
飛び上がらんばかりに喜ぶ3人。
一週間みっちりと教わったそれぞれの努力が実り、3人とも無事赤点を逃れていた。
「よしっ!」
バクチはカバンを手すると身を翻した。
「バクチさん、どこへ行くんです!?」
「きまってるだろ! 結果報告だ!」
呼び止めるピートに足を止めず答え、扉を開けて廊下へ出た。
キョロキョロと2,3回周囲を見回す。グラフも教室から出てきたところであった。
「グラフ!」
「あ、賭博。どうだった?」
「サンキュウッー!」
グラフの両手をとり、力一杯握りしめる。
「良かったなぁ。おめでとう」
「アンタのおかげだよっ!」
「ンなことないよ。お前が頑張ったから」
グラフは首を振り、満面の笑みを浮かべた。
バクチは手を離すと鞄をごそごそと漁り、
「でさ、これ・・・・・・、よかったら受け取ってくれないか?」
差し出された掌には、2つ折りのメッセージカードとリボンが付いた、小さな紙袋が載っていた。
カードにはグラフへの想いがしたためられている。
グラフの顔から笑みが消えた。
「いらない」
「え?」
「俺は別に礼をもらうために教えたわけじゃねェもん。だから、いらない」
予想外の言葉に、バクチの表情が凍り付いた。
まさか拒否られるとは思っていなかったから、この展開は非常にマズイ。
「その・・・・勉強のお礼じゃなくて、クリスマスプレゼントだと思ってさ、頼む」
何とか受け取ってもらおうと、バクチは懸命にグラフにアピールしていく。
「クリスマスプレゼント?」
グラフが首を傾げた。
今日は終業式。明後日はクリスマスだ。
「そうそう、クリスマスプレゼント!!」
「それなら・・・貰うよ」
納得したのか、グラフが手を伸ばし、紙袋を受け取った。
「ありがとうな、賭博」
グラフがにっこりとほほえみかけた途端、
「グラフ〜!!」
ずどどど、っと猛烈な勢いで走ってきたバーツが、グラフに抱きついた。
「わぁ!」
「やったぜ! 赤点ゼロだ!」
「ホントか!?」
「ああ!! これで心置きなくお前とデートできるゾ!」
グラフをギューーーと抱きしめ頬ずりをする。
「ちょ、バーツ、皆見てるから……」
ほとんど学内公認の仲ではあるが、廊下には他にも学生がいる。
グラフが人目を気にしてバーツを引きはがそうとした瞬間。
「!!」
「危ねェ!」
バーツがグラフを抱えたまま、横に飛んだ。
すると先ほどまでバーツがいた位置を、ボウガンの矢が貫いていったではないか。
「ガキから離れろ、腐れバーツ」
黒いオーラを全身から放ちながら、パパが現れた。
「あっぶねーだろォ、グラフ先生よォ! グラフが怪我したらどうすんだ!」
グラフを庇うように抱きしめたまま、バーツがパパに抗議する。
「安心しろ。可愛い我が子に当てるようなヘマはせん」
パパは自信満々に言ってのけると、再びボウガンを構えた。
照準はバーツの脳天に、きっちりロックオンされている。
「グラフ、逃げるぞ!」
「えっ!?」
バーツはグラフをお姫様だっこすると、マッハの速度で逃げ出した。
「待てィッ!!!」
「誰が待つかよっ!!!」
「賭博、ありがと―――!とぉとぉとぉとぉ……」
かろうじて礼を言うグラフの声だけが、いつまでも響いていた。
「ん?」
パパとバーツが嵐の様に去ったあと。
バクチは、床に落ちた小さな紙切れに気が付いた。
近寄って拾い上げる。
それは、グラフへのプレゼントに付けていたメッセージカードだった。
どうやらバーツに抱きつかれた衝撃で、剥がれてしまったらしい。
「・・・・・・・・・ウソダロ」
バクチの春はまだ遠い……
END
バクチがグラフにファルコン文字を習う。
と言う設定での、架南さんとの企画物でした。