この話は架南さんの「海流の休憩所」の一コンテンツ、
古亜学園の設定をお借りしております
古亜学園外伝
正しい青春
空が高くなり、夏の暑さも和らいで涼しげな風がそよぎ出す季節。
古亜学園の、昼休憩を告げるチャイムが鳴り響いた。
途端に授業から解放された生徒達の賑やかな声が校内を満たす。
ある者は購買へ、またある者は友人のクラスへと思い思いの場所へ散っていく。
そんな平和そのものの校内の一角で、それは始まった。
パリーン!ドグワッシャア!!!!
「いい加減にしろよ、グラフ先生よぉ!」
「ガキに近寄るな、若造がぁ!!」
「も〜、止めろよ〜〜!!!」
此処2年2組では昼休憩の名物、数学教師グラフ先生と、3年のバーツによる、学園のアイドル2年生のグラフ争奪戦が繰り広げられていた。
「子供の恋愛に親が口だすんじゃねェよ!」
「誰と誰の恋愛だ!俺は断じて認めんゾ!!」
「あんたが認めてなくても、俺とグラフはラブラブなんだっ!!」
「それは貴様の思いこみだろォがっっ!!!」
「止めてって言ってるだろ〜〜〜!!!!」
パパはボウガン、バーツは竹箒と、お互いに使い慣れた得物を持っている。
2人とも目がマジだ。
隙あらば相手をボコにしようという気迫満々である。
ジリジリと間合いを取りつつお互いを牽制し合う。
バーツとパパの争いがヒートアップしていくのに連れて、止めるグラフの声はドンドン涙声になっていった。
「オヤジ、止めてってば!!!」
グラフの制止にパパの意識が一瞬バーツから逸れた。
パパの隙を見逃さず、バーツは竹箒を振り下ろす。
「隙有り!!!!」
「バーツ!!!」
パカーン!
小気味よい音が教室内に響き渡り、同時にイヤ〜〜な沈黙が室内を支配した。
グラフが頭を抱えて蹲った。
バーツはパパと自分との間に割り込んだグラフを思いっきり殴ってしまったのだった。
「ご、ごめん、グラフ!! 大丈夫か!!??」
「大丈夫か!!??」
慌ててしゃがみ、グラフの頭をさするバーツとパパ。
「バーツ、ガキになんてことを!」
「だからあんたがいけないんだろ!俺達の邪魔をするから」
「お前がガキにちょっかい掛けるからだろォが!!!」
グラフの心配をしつつもまだケンカを続行しようとする。
プッチン。
2人の間で何かが切れる音がした。
「………だ」
『え?』
グラフが蚊が鳴くよりもさらに小さな声で何事かを呟いた。
よく聞き取れなかったため、バーツとパパは口論を中断してグラフの口元へと耳を寄せる。
「オヤジもバーツも……大嫌いだぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!」
グラフは学園中のガラスがビリビリと振動するほどの声で叫んだ。
遠くの方で何枚か割れた音も聞こえた。
「バカ〜〜!!!!」
グラフは立ち上がると泣きながら教室を飛び出していった。
その後を追う者は誰もいない。
バーツとパパは耳を澄ませていたため、グラフの絶叫をモロに受けて失神していた。
時間は少しさかのぼり、昼休憩を告げるチャイムがなった直後の2年1組の様子をみてみよう。
「デッド〜〜。今日も一緒に食べるでちゅ♪」
「自分の教室へ帰れ」
「冷たいことは言いっこ無しでちゅよ」
同じクラスであるピートとバクチがデッドの机に集まるよりも先に、3年のザギが彼の机の上で弁当を広げていた。
「相変わらず早いな〜、お前」
「ザギさんには誰も勝てませんよ」
バクチとピートが各々の弁当と椅子をもってデッドの所へとやってきた。
手近な机を寄せると、それぞれ定位置へと落ち着く。
「そう言えば……2組の今日の4限って数学じゃなかったっけ?」
「ですね」
バクチが2組との間の壁に目をやり、それに倣うようにピートも壁を見つめた
そして2人はおもむろに自分たちの腕時計を見つめ、カウントダウンを始める。
「3…2…1…」
パリーン、ドグワッシャァ!!!!!
ゼロ、の声と同時に隣の教室からガラスの割れる音と物をぶんなげる音がした。
そしてバーツとパパの言い争う声と止めに入るグラフの声が聞こえてくる。
「相変わらずでちゅね」
「毎回毎回よく飽きませんよね〜」
壁を見つめていたバクチが再び腕時計に目を落とす。
「そろそろ収まる頃だな」
この騒動の結末はバーツがグラフをかっさらい、それをパパが追いかけて、チョン。である。
だがその日は恒例の追いかけっこは始まらず、代わりにグラフの超音波ボイスが響き渡った。
「あ、今日はいつもと違うみたいですよ。……あれ?」
壁を見つめていたピートがそう言ってバクチの方に目をむけると、そこには彼の姿は無かった。
ついでにピートのお手製弁当も消えており、彼の前にはバクチが一口囓ったパンが置かれていた。
校舎の裏手に生徒達の間で『ポニーの丘』(古っ)と呼ばれている小高い丘がある。
父親とバーツの争いに辟易したグラフは一人其処にいた。
「なんでオヤジとバーツは仲良くしてくれないんだろォ……」
膝を抱えて哀しそうに呟く。
誰しも、自分の大好きな人同士には仲良くして欲しいと思うのがあたりまえ。
だからこそ、グラフはパパとバーツを仲良くさせようと色々と努力をしているのだが、グラフのそんな想いも知らぬ気に、顔を合わせれば2人はケンカばかり。
そのケンカの原因が自分の奪い合いだとは毛ほども思っていないところが、グラフのグラフたる所以だったりする。
「はぁ〜〜」
抱えた膝の上に顎を載せ、大きくため息をついた。
「よォ。何してるんだ、こんなとこで」
背後から声が聞こえたのと、グラフの肩に何者かの手がおかれたのはほぼ同時だった。
グラフが振り向き、見上げてみると、声を掛けてきたのは髪をおったててバンダナを巻いた生徒だった。
「え……と確か隣のクラスの……」
目の前の生徒とは体育の授業でいつも顔を合わせている。しかし名前が思い出せない。グラフは眉間に小さなしわを寄せて、懸命に思い出そうと努力する。
「バクチだよ」
「あ、そっか」
爽やか好青年の笑顔を浮かべて、バクチは名乗った。口の端からこぼれる白い歯がキラリと光ったりもしている。爽やかすぎて怪しいことこの上ない。
そんなバクチの爽やかさに全く疑問を持たないグラフは、相手の名前が判明したがことが嬉しくてバクチに微笑み返した。
「で、なにしてるんだ?」
バクチはグラフの横に腰を下ろし再度聞いた。
「うん……ちょっとね」グラフは表情を曇らせ、言葉を濁した。
「それより、バクチは何で此処に?」
「天気が良いから外で食べようと思ってさ。いい場所探して此処に来たら、あんたがいたって訳」
バクチは手に持った弁当をカラカラと揺らし、グラフに見せた。
本当は教室を飛び出したグラフの後をつけてきたのだが、そんな様子は微塵も感じさせない。
あくまでも偶然通りがかった爽やか好青年を演じている。
そうしてグラフの警戒心を解き、ゆっくりと手懐けていくのがバクチの計画だった。
グゥゥゥ〜〜〜
バクチの弁当を見た途端にグラフの腹の虫が盛大になった。
昼休憩のチャイムが鳴った直後からバーツとパパの争いが始まったため、グラフはお弁当を食べる暇など無かった。
そして激情に任せて教室を飛び出したから、弁当は当然教室に置かれたままだった。
腹の音の大きさに恥じらって、グラフは赤くなった顔をバクチから逸らした。
「腹減ってるのか?」クックと喉の奥で笑いながら、バクチはピートからがめてきた弁当をここぞとばかりに広げた。
「これ、一緒に食べないか?」
「いいの!!??」
その申し出に、グラフは表情を輝かせてバクチを見つめた。
育ち盛り、食べ盛りな彼には一食抜くのも結構辛いのだ。
「いいって。ほら」
すぐ傍にあるグラフの顔にドキドキしながら、バクチは箸で卵焼きを摘んで差し出した。
グラフは大きな口を開けて差し出された卵焼きを頬張った。
「美味し……。コレ、お前が作ったの?」
「ま、まあな」
心の中でピートに感謝しながらも、ちょっと見栄を張ってみたりするバクチだった。
「ふ〜ん……。料理上手いんだぁ……。あ、貸して」
グラフは尊敬の眼差しを送りつつ、バクチの手から箸を取った。そしてたこさんウインナをつまみ上げた。
「はい、お前も♪」
たこさんウインナを持って、ニッコリ微笑む。
「え……?」
「あ〜んして」
グラフの行動の意味が理解出来ず固まったバクチに向かい、見る者全てを魅了させるであろう微笑みを浮かべ、グラフはウインナをバクチの口元へと運んだ。
「(生きててよかった……)」
顔はあくまでも涼やかに、しかし胸の内では感動に打ち震えつつ、バクチはグラフ手ずからたこさんを頂いたのだった。
そうして2人はまるで恋人同士のように、仲良く一つのお弁当をたいらげていった。
そのころ意識を回復したパパとバーツはというと………
「グラフ〜〜〜〜〜、何処だ〜〜〜??」
「息子よ〜〜、パパが悪かった、出ておいで〜〜〜〜」
グラフを探して仲良く校舎中をさまよっていたそうな。
END
架南さんのサイトが休止になる前に書いた物です。
幸せなダッシュが無性に書きたくなったので、
古亜の設定をお借りしたのでした。
タイトルは「究極超人あ〜る」のイメージアルバムから(笑)