これは、とある国の出来事。
 今日はクリスマス。いつにも増して寒さが厳しく、空には厚い雲が垂れ込めて、今にも雪が降ってきそうな天気でした。
 けれども道行く人の顔は明るく、家族と共にこの聖なる日を過ごせる喜びに満ちあふれていました。
 そんな人たちの中、一人の金髪の少年が歩いていました。
 少年の名はジョンと言いました。姓はありません。
 ジョンは赤ん坊の頃、孤児院の前にバスケットに入れられて置き去りにされていたのです。
 それを見つけた、その孤児院の院長が名をつけてくれたのでした。
院 長先生はとても優しく、ジョンを含めた孤児院の子供達は貧しいながらも日々幸せに暮らしていました。
 それなのに今ジョンが着ている服はシャツが一枚だけ。しかもボロボロで、あちこちにつぎが当たっています。靴は先が破れてワニのように大きく口を開け、今にも靴底が取れてしまいそうです。空いた靴先を紐で括り、辛うじて履いているような状態でした。
 この寒空の中、どうしてそんなに可哀想な格好で歩いているのでしょう?
 実は半年ほど前に院長先生が倒れ、亡くなってしまったのです。
 後任の院長はとても金に汚い男で、孤児院に寄付されるお金を全て自分の懐へと入れてしまうのでした。
 そんな男が子供に新しい服など買うはずもありません。寄付されたお下がりすら、闇市に売り払う始末です。
 院長の懐を更に潤わせるために、子供達は薄いシャツ一枚でこの寒空の下、マッチ売りや靴磨き等の労働を強制されていたのでした。

 ジョンは左手にたくさんのマッチが入った小さな籠をもち、右手にそれを一束握ってました。
 その両手は寒さで真っ赤になっています。
「マッチ〜、すぐに点く上質のマッチはいりませんか?」
 ジョンは道行く人にマッチを差し出しては売り込んでいきます。
 けれども人々はそんなジョンを一瞥すると五月蠅そうに手で払い、足早に立ち去っていきます。
実はジョンの持っているマッチは、きちんと点くのが半分あればいい方というとんでもない不良品なのです。
 院長が売り物のマッチの質をかなり落としているのが原因でした。
「あ〜あ、今日もダメか・・・。クリスマスだから一人ぐらい買ってくれると思ったんだけどな・・」
 ジョンはがっくりと肩を落として呟きました。
「グラフは今頃いいもの喰ってンだろうなァ・・・・」
 グラフとはジョンより2歳下の男の子で、孤児院で一番仲のよかった子です。
 グラフが3歳の時に孤児院に来てから、2人はいつも一緒でした。
 もちろん、マッチを売るときも例外ではありませんでした。
 グラフはたいそう可愛らしい子供で、彼の微笑みは春の暖かな日差しのようでした。そんな笑顔についつられ、道行く人の財布の紐は思わずゆるむのでした。すかさずジョンがマッチを売りまわり、値段の割に粗雑なマッチは飛ぶように売れたのでした。
 ときにはマッチ代を多めに払ってくれる人もいました。
 そんなとき、2人は余分に貰ったお金を院長に渡さず、こっそりと貯めていました。
し かし一ヶ月前、グラフは是非にと望まれて、裕福な夫婦に引き取られていったのです。
 別れが嫌で、グラフは最後までジョンにしがみついて泣いていました。ジョンもグラフと別れたくありませんでした。
 しかし自分と一緒にいつまでもこんな孤児院にいるより、優しい夫婦の子として大事に育てられる方がはるかにグラフの為になるとジョンも解っていました。
 だからこそ、泣いてぐずり続ける可愛い弟分を窘め、笑顔で見送ったのでした。
 こうして頼りになる相棒を失ったジョンは、一人でマッチを売りつづけていたのでした。
 しかしジョンには愛想笑いはできません。そのためグラフがいなくなってから一月経ったいまでも、上手くマッチを売ることは出来なかったのでした。
 このまま孤児院へ帰れば、夕食抜きの罰が待っています。
 最初のころは鞭でぶたれていました。しかし反抗心旺盛なジョンは鞭でぶたれた数と同じだけ、院長を殴り返していました。
 いつしか院長は撲たなくなりました。その代わり、夕食抜きの罰を与えるようになったのでした。
 これにはさすがのジョンも堪えました。マッチを売ることが出来ないので毎日食事を抜かれます。
 しばらくの間はグラフと2人で貯めていたお金でパンを買ったりして、飢えをしのいでいました。しかし、ホンの僅かしかない蓄えはアッという間に尽きてしまったのでした。
 最後に食べたのは3日前。それからというもの、ほとんど食べ物にありつけていませんでした。
 そうこうしている間に陽はかなり傾いてきました。家路に着く人々の足も自然と早まり、ジョンに注意を向ける人など誰一人いません。
 道ばたに立ちつくすジョンに、木枯らしが吹きます。
 ジョンは己の身体を抱いて、一際大きく震えました。
 空を見上げると、小さくて白い雪がひらひらと舞い始めていました。
 ジョンは困りました。雪が降れば、人々は余計に早足となります。ジョンのマッチは、ますます売れなくなってしまうでしょう。

――裕福な家が集まっている場所に行けば、マッチを買ってもらえるかもしれない!

 そう思いついたジョンは、ボロボロの靴をパカパカ言わせて、お金持ちの住む大通りの方へと走っていきました。

「マッチ、マッチはいりませんか?」
 ジョンは慣れない笑顔を懸命に浮かべて、マッチを売るために頑張ります。
 しかし、身なりのあまりの汚さに街を歩く紳士達は誰も近づいてくれません。
 陽もとっぷりと暮れ、周りの家々に明かりが灯されます。
 とうとう誰も通らなくなりました。
「腹減ったな・・・・」
 ジョンはマッチを売ることを止め、とある屋敷の階段に膝を抱えて座り込みました。、空腹も限界だったからです。
雪は一向に止む気配を見せません。ですが、ジョンは雪を避けるために屋根のある場所へ動くことすら億劫になっていました。
 蹲ったジョンの身体に、チラチラと舞い落ちる雪が少しずつ積もっていきます。
 疲れ果てて眠気まで襲ってきています。このままでは凍死してしまう危険性がありました。
「そこでなにをしているんだい?」
 そんなジョンに声を掛けてきた男がいました。
 見上げると、爬虫類に似た印象の男が見下ろしていました。
 ジョンはよろよろと立ち上がると、男から離れるために一歩踏み出しました。
 しかしお腹が空いているため脚に力が入りません。
 脚がもつれて男に倒れかかってしまいました。同時にお腹が大きな音を立てて鳴りました。
「おやおや、君はお腹が空いているのかい?」
 男はジョンを抱きとめながら問いかけます。
「腹減ってるに決まってるだろ!」
 分かり切った事を聞いてくる男に、つい怒鳴ってしまいました。
 ですが男はニコニコと微笑んでいます。怒鳴ったジョンに気を悪くした素振りも見せません。
「オッサン、マッチ買ってくれねェか? マッチが売れたら家に戻れるんだ」
 ちょっと気味悪く思いませたが、ジョンはここぞとばかりにマッチを売り込みます。
 男はジョンを離すと値踏みをするかのように、彼の頭のてっぺんから足の先までをジロジロ見ました。
「君の場合は、マッチより花を売った方が売れると思うけどね」
 男はにこやかに言いました。
「花なんか持ってないぞ」
「よし。マッチを全部買おう。そのかわり、君はウチに来て花を売ってくれないか? もちろん、ご飯はお腹いっぱい食べさせてあげよう」
 男の申し出にジョンは考えました。マッチを売るのも花を売るのも同じです。食事をさせてくれる分、院長よりも目も前の男の方がマシに思えました。
「いいよ。おっさんの言うとおり、花を売ってやるよ」
 ジョンは男についていくことにしました。
「私はランコットだ。君は?」
「ジョン」

 ランコットの馬車にのり、暫く揺られると行く手に大きなお屋敷が見えてきました。
 門をくぐった敷地の中には温室があり、色々な花が咲いているのが馬車の中からも見て取れました。
 馬車から降り屋敷に入ると、メイドが2人現れ、いきなりジョンの両手をそれぞれ掴みました。
 ジョンは訳が分からず抵抗しますが、メイド達は力が強く、ジョンが暴れたぐらいではふりほどけません。
 抵抗も虚しく、ズルズルと連れて行かれます。連れて行かれた先は浴室でした。
 ジョンはあまりお風呂が好きではありません。逃げだそうとしますが、服の襟を掴まれてしまいました。
 そしてアッという間に服を脱がされていきます。
 服を脱がされたとき、ジョンの首に下がった紐が切れて、何かが転がり落ちました。
 それは、無くさないようにペンダント状にしていた指輪でした。
 指輪には何か彫ってありましたが、掠れていて彫っている文字は判別出来ません。
 その指輪はジョンが拾われた時、一緒にバスケットに入っていたものだったのです。
 院長先生が亡くなる前、ペンダントの形にしてジョンに渡したのでした。
 だからジョンはこの指輪を院長先生の形見として、肌身離さず持っていたのでした。
 ジョンが手を伸ばすよりも早く、メイドの一人がそれを拾い上げました。
「まあ! なんて汚い指輪なんでしょう!」
 そう言ってジョンからそれを取り上げようとしました。しかしジョンはもの凄い剣幕で指輪を奪い返し、掌に握り込んでしまいました。
 メイド達はジョンから指輪を取り上げることを諦め、そのままジョンを湯船に放り込みました。
そ してジョンは嫌と言うほど身体を洗われました。擦られ過ぎて背中の皮がヒリヒリしています。
 何度もお湯を変えて念入りに洗われたジョンは、バスローブを着せられると、ある部屋へと通されました。
 そこにも何人ものメイドが待機していました。
 椅子に座らせると、テキパキとジョンに服を着せていきます。
 ジョンは諦めたのか、ジッと大人しく座っています。
 服を着せ終えると、今度はメイク道具を持ったメイドが何人か近寄ってきました。
 最後の仕上げを終え、メイド達は道具を片づけて出ていってしまいました。
 部屋に一人残されたジョンは、自分がどんな姿をしているのか知りたくて、部屋の一角に置いてある大きな鏡の前に立ってみました。
 するとどうでしょう!
 鏡の中のジョンは見事な変身を遂げていたのです。
 垢の下から現れたのは雪のように白い肌。小さな唇には上品な色の紅がさしてあり、まるでサクランボの様です。
 長い睫にはキラキラ光る粉が付けられています。
 白く清潔なブラウス、肩には赤いショール。膝上までのスカートも赤色で、焦げ茶色のショートブーツを履かせられています。
 そしてボサボサだった髪は綺麗に梳かれ、肩にも届かない長さの髪には付け毛が付けられていました。
 赤に金の縁取りのあるリボンの付いたお下げが2つ、背中で揺れています。
 鏡のなかにいるのは、可愛らしい花売り娘に他なりませんでした。
 ジョンが茫然と鏡の中の自分を見つめていると、部屋の扉が開かれ、ランコットが入ってきました。
 彼は振り向いたジョンを一目見るなり、感嘆の声を上げました
「おお、やはりワシの目には狂いは無かった!」
 ランコットは両手を大きく広げて歩み寄り、ジョンを抱き締めました。
「おっさん・・・これは一体なんだよ!!!!????」
「思った通りよく似合う」
 ジョンは顔を真っ赤にして怒ります。
 しかしランコットにはジョンの怒りなど全く耳に入っていません。ジョンの身体を撫で回しながら、一人でうん、うんと頷いています。
 ジョンはだんだん気味が悪くなってきました。早いところ食べ物をもらって、逃げ出したい気持ちでいっぱいです。
 一頻り撫で回して満足したのか、ジョンを抱き締める腕の力が緩みました。その隙にジョンはランコットから離れようとしました。
 ランコットはジョンの手を離しませんでした。ジョンの腕をぐいぐいと引っ張り、部屋の隅へ歩いてきます。
 向かう先には豪奢なベットがしつらえてありました。ランコットはジョンをベットに乗せると、そのまま押し倒しました。
 彼は連れ込んだ男の子に女の子の服を着せて弄ぶという、ちょっと倒錯した性愛の持ち主だったのです。
 ランコットのいきなりの行動に、ジョンは慌てました。
 引き離そうと、力の限りもがきます。しかしやせ細った子供の力では、大人に敵うハズがありません。
 押さえられた両手はビクともしませんでした。
 けれどもジョンは諦めませんでした。このまま変態の餌食になるのはまっぴら御免です。
 ジョンにキスをしようと、唇を寄せてきたランコットの顎に頭突きを食らわせました。ひるんだところで股間に蹴りを一発。ジョンの得意技です。
 これにはランコットもたまりません。目を白黒させて、思わずジョンを押さえていた手を離してしまいました。そのまま自らの股間を押さえて蹲り、呻いています。
 その隙にジョンは起きあがり、屋敷から逃げだしました。

 ランコットの屋敷から逃げ出したジョンは真っ暗な道をとぼとぼと歩いていきます。今着ている服は無理矢理着せられた女の子物です。
 脱いでしまいたいけれど、そうすると着替えがありません。
 売り物のマッチは屋敷に置いてきてしまったし、結局食事も出来ませんでした。踏んだり蹴ったりとはこのことです。
 ジョンは握りしめていた掌を開き、指輪を見つめました。
 大事な指輪を無くさずに済んだことだけでも、運が良かったと言えるのかもしれません。
 この後のことを決めかねたまま、ぼんやりと歩き続けました。
 そんなジョンのすぐ目の前で、馬車が急停車しました。
 ジョンはビックリしてへたり込んでしまいました。
 考え事をしていたせいか、ジョンはいつの間にか馬車の通る道へ出てしまっていたのです。
「フラフラ歩いてるんじゃねェ!! とっとと退けろ、このガキ!」
 厳つい顔の御者がジョンに向かって罵声を浴びせます。
 いくらこちらの不注意とはいえ、頭ごなしに怒鳴られて立ち上がるのは癪に触りました。
 ジョンはそのまま立ち上がろうとはしませんでした。
 そして近くに転がっていた小さな石を掴むと、御者に向かって投げつけました。
 石は狙い違わず御者の額にヒットしました。
「ガキじゃねェ、クソオヤジ!!!!」
 御者は顔を真っ赤にすると馬に当てる鞭を持ち、馬車から降りようとしたとしました。
 そのとき馬車の扉がゆっくりと開き、中から一人の紳士が出てきました。
 紳士は軽く手を上げて御者を制すると、ジョンの方へと歩いてきました。
 ジョンは立ち上がり、逃げることなく紳士を睨み付けています。
 その紳士は背が高くて眼光は鋭く、銀色の髪が緩くウエーブしています。まだ青年と呼ばれるような年頃に見えました
 両頬に大きな傷があるのがとても印象的でした。
「女の子がこんな遅くまで何をしている」
 ジョンの側で立ち止まり、青年は言いました。
「女じゃないぞ!」
「ほお?」
 青年は微かに笑みを浮かべると、ジョンの首根っこをひっ捕まえ、片手で自分の顔の高さまで持ち上げました。いくら満足に食べて無くて痩せているとはいえ、ジョンはもう8歳。普通は片手で持ち上げる事など出来はしません。この青年、見た目はほっそりとしていますが凄い膂力です。
 両手足をバタバタさせて抵抗しても、青年は涼しげな表情のまま、ジョンを持ち上げています。
 両手を振り回していたとき、握った拳が緩み、指の間から指輪が滑り落ちてしまいました。
 落ちていく指輪を青年が受け止めました。
 指輪を目にした青年の表情が変わり、
「この指輪を何処で拾った」
 冷たい声でジョンに言いました。
「俺が拾われたとき、一緒にあったんだ! 早く返せ!!」
 ジョンは指輪を奪い返そうと、一層暴れます。
「来い」
 青年はジョンを地面へ下ろすと、凄い力でジョンの手を掴み、問答無用で馬車に乗せてしまいました。
 そして御者に馬車を出すように命令しました。馬車はゆっくりと動き出します。
「何する気だよ!?」
 ジョンは馬車から飛び降りる隙を窺いつつ、青年に問いました。ランコットと同じ様な性癖が無いとは限らないからです。
「名前は?」
 青年はジョンの問いに答えず、逆に質問してきます。
「人の名前を知りたいのなら、まず俺の質問に答えろよ!」
 警戒心を露わにしたジョンの姿に苦笑しつつ、青年が言いました。
「お前は俺の弟だ」
「はぁ?」
 唐突に言われ、ジョンはポカンと口を開けてしまいました。格好が可愛らしいだけに、よけい間が抜けて見えます。
 青年は先ほどまでの冷たい雰囲気は無くなり、今は優しげな瞳でジョンを見つめています。
 そして屋敷に着くまでの間に、ジョンに色々な事を話してくれました。
 青年の名はラグ・バーツと言い、伯爵家の当主であること。
 父親である前当主が、その昔一人のメイドに手を出したこと。そのメイドに子が出来たことを知ったラグの母が、彼女を無情にも屋敷から追い出してしまったこと。
 そしてジョンの持っている指輪は、前当主がジョンの母に贈った物であること。
 父も母も亡くなったあと、ラグは母に追い出されたメイドと、自分の弟妹を探し続けていたこと等々。
 ジョンはラグの話を信じられない想いで聞いていました。
 無理もありません。
 ジョンにとって家族と呼べる人間は、亡き院長先生とグラフ、その2人だけだったのですから。
 現実に付いていけずにぼう然としているジョンを、ラグは優しく抱き締めました。
「今まで見つけてやれなくて悪かった・・・」
 その言葉と、温もりにジョンは思わず泣いてしまいました。

 ジョンはお金持ちの優しい人の子供になる事が夢でした。
 その夢が、今日叶ったのです。
 それも、養子ではなく血の繋がった本当の家族です。
 雪の降る夜に、ジョンは今までで一番嬉しいプレゼントをもらったのでした。


  そしてラグの家に引き取られたジョンは、いつまでも幸せに暮らしました。






Fin


マサムネ様の「PURPLE MONSTER]の
裏サイト「BRACK MONSTER」
とのクリスマス合同企画用の文章。
マサムネ様から
「マッチ売りの格好をしたジョンが見たいな」
とのリクエストを頂き、書いたものです。
この話を書いているとき、頭の中では何故か
「キャ○ディキャ○ディ」が渦巻いてました(笑)