「キャプテ〜ン」
それは、いつもと変わらぬ朝。
いつものように、ピーチとストロベリーがベッドの中で夢見心地であろう、寝起きの悪いキャプテングラフを起こしに来た。
「うっわぁぁぁ――――――!!!!」
とたん、クロウバード号中に響き渡る絶叫。
クルー達が何事かと船長室の前に集まると、扉の前には息も荒く顔面蒼白なフルーティズがいた。
何があったのかと口々に問いかけるクルー達を何でもないから追い払い、完全に二人きりになったところでお互いに顔を見合わせる。
「今の・・・見たか?」
「見たけど・・・見間違いだろ?だって、あんなことって・・・」
「いったい・・なんで・・・」
おそるおそる扉を開けて船長室に入った二人の目に映ったもの。それはシーツを片手に握った、どうみても5才ぐらいのすっ裸の男の子。
「ぴーち、すとろべりぃ、どおしたのぉ?」
「キャ、キャプテン?」
「パパはぁ?どこいったのぉ?」
まだ眠いのか、シーツを握っていない方の手でゴシゴシと目を擦り、半泣き状態でピーチの方へと歩いてくる。
「キャ、キャプテンは今、よそでご用事をすませてますっ。だから、もう少しおねんねしてましょうね」
昔とったなんとか、グラフが幼い頃から彼の世話役を任されていたせいで、条件反射で世話をしてしまう。
そしてピーチは片目に眼帯をした男の子を抱っこすると、ベッドへ連れていく。
子守歌を歌って男の子を寝かしつけた後、少し離れたところで二人は小声で話し合いを始めた。
「あれ、キャプテンだよな・・・?」
「だな。キャプテンの小っちゃい頃にそっくりだし、眼帯もしてるし・・・」
「でも、なんで・・・?」
そう言って顔を見合わせ、悩むこと数十分・・・
突然何か閃いたらしく、ストロベリーがポンッ!と手を打つ。
「古道具屋でお宝を買ったとき、何か怪しげな物を貰ったよな!?」
「そういえば!!」
ファルコンの手がかりを古道具屋で手に入れたとき、おまけだと小瓶に入ったキャンディを貰ったことをピーチも思い出す。
それは赤いのを食べれば子供に、青いのを食べれば大人になる不思議なキャンディなのだと道具屋のオヤジは説明していた。
その説明に大笑いしながら、グラフは赤い方のキャンディを貰っていたのだった。
「まさか・・・あれが・・・?」
「でも、思い当たるのってアレしかないよな・・・」
原因が思い当たったところで、更なるの問題が待っていたことに気づく。
「アーバランに戻るまで後2日・・・。このまま元に戻らなかったら、キャプテンのお袋さんに何て説明するんだ?」
先代の妻であり、グラフの母であるたおやかな女性。見た目を裏切る芯の強さで、先代が墓場に向かった後のアーバランを取り仕切ってきた。
「あの人は大丈夫だろ。何があっても動じない人だから」
「まあ、確かに」
いきなり幼児になった我が子を見て驚かない人はいないと思うのだが・・・。かなり自信があるのか、ピーチとストロベリーは力強く頷きあう。
「じゃあ、アーバランへ戻ったらキャプテン下ろして、もう一回あのオヤジの所へいかないと・・・」
「だな。青いキャンディ貰ってこないと」
しかし航海にかかる日数を考えると、キャプテン不在ではちょっとキツイ。だからといって、子供のグラフを乗せたまま航海することも出来ない。
「・・・また子供のキャプテンの世話が出来るなんて、結構幸せだよな」
「そうそう。自然に戻るのを待ってもいいかな」
言い訳なのか、はたまた本音なのか(おそらく後者であろう)、二人にキャンディを取りに戻る気はないらしい。(戻らなかったらどうする気なのか・・・)
今後のコトを話し合っていると、完全に目が覚めたらしいグラフがシーツを被って現れた。
「ぴーちぃ、お洋服は?」
「あっ、そうでしたねっ。ちょっと待ってて下さいよ?」
いくら子供とはいえ、何時までもすっ裸にしておくわけにはいかない。慌ててピーチは服の代わりになる物を探しに行った。
残ったストロベリーは、風邪を引かないようとりあえず船長服をかけてやる。
「坊ちゃん、昨日の晩、何か食べました?」
「うーんとね・・・よくわかんない・・・。けど、お口の中、甘いよ?」
その答えを聞いて、推測が間違っていないことを確信した。
「ねぇ、どうしてパパのお洋服があるの?パパ、いつかえってくるの?」
どうやらグラフは記憶も5才当時に戻っているらしく、自分に掛けられた船長服を見て先代の姿が見えないことにぐずり始める。
だがグラフの世話には二十年以上のキャリアを誇るストロベリー、こんなことでおたつきはしない。
グラフを抱き上げ、
「キャプテンはもう少ししたら、坊ちゃんへのおみやげをたっくさん抱えて戻ってきますよ?どんなおみやげがあるか、あてっこしましょうか?」
全く慌てることなくあやしていく。
暫くして、ピーチがズボンを抱えて戻ってきた。どうやら一番細いクルーのズボンをざっくりと切ってきたらしい。
とりあえず穿かせて、ブカブカのウエストをベルトでギュッと締める。
「とりあえず、これで我慢して下さいね」
「お腹すいたでしょう?朝ご飯持ってきましょうね」
「うんっ!」
天使のような笑顔で元気良くお返事をするグラフ。そんなグラフを見て、二人は世話役である幸せをかみしめる。
と、そのとき。
「ストーンヘッドです!!!」
クルーのヒステリックな声が船長室に届く。
とたんに幸せな気分は吹き飛び、青ざめる二人。
「やばい!!バーツに今のキャプテンを見られたら・・・!!」
「絶対攫われる!!」
「お宝を渡してすぐ帰ってもらおう!!」
バーツがクロウバード号を襲う本当の理由を知っている二人は、グラフを護るためお宝に執着する事をあっさりと諦めた。
「坊ちゃん、いいですか?絶対に出て来ちゃダメですよ?」
そうグラフに言い聞かせると、大慌てで甲板へとむかう。
二人が甲板に出たのとほぼ同時に
ドッゴ――――ン!!
「グーラーフ♪」
クロウバード号の横っ腹にスイートマドンナ号が体当たりして、双剣を持ったバーツが笑顔で乗り込んできた。
だが、いつもなら甲板で青い顔をしているはずのグラフの姿は、ない。とたんに不機嫌丸出しの表情になる。
「グラフは何処に行ったんだ?」
双剣を振りかざしながら、ピーチに詰め寄る。
「キャプテンは風邪引いて、熱だして寝てるっ!!お宝なら渡すから、とっとと帰れ!!」
青ざめた表情のままストロベリーがファルコンの宝を差し出した。バーツは宝を受け取ると、何か企むような笑顔を浮かべた。
「おいおい、俺はグラフに会いに来たんだぜェ?風邪引いてるなら、見舞いに行ってやらねェと。それに、風邪を治すのは汗を掻くのが一番ってな♪」
「お前の顔を見たら悪化する!!」
悲痛な叫び声を上げ、力ずくで止めようとするピーチとストロベリー。そんな二人をハルクとバクチが殴り倒す。
バーツは他のクルー達を双剣で薙ぎ倒しながら、上機嫌で船長室へと歩いていく。
「グーラーフ♪見舞いに来たぜ!!」
勢い良く扉を開けたバーツの目に入ったのは、ブカブカのズボンを穿いた男の子。
一瞬、固まるバーツ。ゆっくりと扉を閉め直す。
「今の・・・誰だ?」
腕組みをして考え込む。
暫く考えていると船長室の扉が開き、中から男の子が出てきた。
「おじちゃん、誰?」
よく見ると右目に眼帯。しかもグラフの面影が色濃く残っている。
「お前・・・グラフか?」
バーツは屈んで男の子と目線を合わせると、おそるおそる声を掛ける。
「うん。・・・おじちゃんは誰?」
少しおびえているのか、男の子は先ほどと同じ質問を繰り返す。
「お兄ちゃんは(さりげなく訂正している)スイートマドンナの、キャプテンバーツだよ。こんにちわ」
「えへっ、こんにちわ〜♪」
怯えを取り払うため、バーツはニッコリと笑顔で自己紹介をした。それに応えて、グラフは誰もがノックアウトされるであろう天使の微笑みで挨拶をする。
そんなグラフを見て何か考えついたらしい。バーツの目がキラリと光った。
「お兄ちゃんの船、見に来ないか?」
「お兄ちゃんのお船って、どんなの?」
「そうだな〜。こんなに大っきな船じゃないけど、良い船だよ」
きらきらと瞳を輝かせながらバーツの説明を聞いていく。クロウバード号しか乗ったことのない彼にとって、他の船は興味の固まりなのであろう。だが何か思い出したらしく、表情を曇らせた。
「いきたいけど、知らないおじちゃんにはついていっちゃダメだって、パパに言われてるの」
俯いて、本当に残念そうに言う。
「俺はおじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんだから大丈夫だよ?」
「ホント!?じゃあ、いくぅ〜♪」
バーツの訳の分からない屁理屈にあっという間に丸め込まれてしまった。お坊ちゃんのため、人を疑うということを知らないらしい。
グラフは両手を差し出し、抱っこをねだる。
バーツをグラフを抱っこすると、鼻歌混じり、スキップ状態で甲板へと戻っていく。
クロウバード号のクルー達は一人残らず殴り倒されているため、バーツの歩みを止める者は誰もいない。
甲板へと出て、殴られ気を失っているフルーティズを後の横を通ろうとしたとき、
「ねェ、ぴーちとすとろべりぃは、どうしておんねしてるの?」
とグラフが聞いてきた。
バーツは慌てることなく
「2人とも、朝が早かったからまだ眠たいんだって。だからゆっくり寝かせてあげようね♪」
などとぬけぬけと言い、グラフを抱っこしたままスイートマドンナ号へと戻っていった。
スイートマドンナ号でバーツの帰りを待っていたバクチたち。
バーツがお宝だけでなく、見慣れぬ子供を連れて帰ってきたのを知って何事かと集まってきた。
「キャプテン、その子、誰です?」
「なんか、グラフに似てるよなァ・・・」
「隠し子だったりして」
「キャプテングラフって、奥手そうな顔して案外手が早かったんですね・・・」
バーツに抱かれている子供を見て、それぞれ好き勝手な事を言い合っている。
その言葉を聞き、バーツは
「隠し子じゃねェ。グラフ本人だ」
とサラリと言ってのけた。
「ああ、それで似てるんだ。って・・・エエーーーーーー!!!!????」
あまりにもさり気ない一言にみんなの脳が理解出来なかったらしく、一拍置いてから驚きの声があがった。
「ンーだよォ。そんなに驚くことねェだろォ?」
そうバーツは言うが、これが普通の反応だ。このグラフを見て驚かなかったバーツの方がおかしい。
それでも目の前の子供がグラフだとは信じられず、全員が食い入るようにバーツに抱かれるグラフを見つめる。
「ふぇ・・・」
その視線におびえたのか、グラフは半泣きになってバーツにしがみついた。
「おいおい、怖がってんだろォ?あんまジロジロ見んなよ」
「だ、だって、この子がキャプテングラフなら、いったいなんでこんな姿に・・・・?」
「さあ?知らねェ。可愛かったから連れて来ちまった」
ピートがようやく口にした疑問もバーツには全く関係ないらしく、軽くあしらわれてしまった。
「おいノーズ、これ解読しといてくれ!!さぁ〜、お兄ちゃんの船の中、見せてあげようね〜〜」
ノーズに奪った宝を渡すと、バーツはこれ以上はないであろうご機嫌な口調でグラフを連れて船室へと降りていった。
途方にくれるのは、残されたクルー達。
バーツを見送った後、円になって相談を始めた。
「あれ、本当にグラフか・・・?」
「眼帯してたよねェ」
「グラフだとしても・・なんであんなになっちまったんだろ・・」
「しかし・・やばいなぁ・・。キャプテン、絶対に何かするゾ?」
「普段のグラフにならともかく、あんな小さいとやっぱり犯罪だよな・・」
「どうします、バクチさん」
「なんとか防ぐ手だてを考えないと」
バーツはグラフのことに関してはクルーたちには全く信用が無いらしく、まるでケダモノ扱いされている。
メンバーが喧々囂々と言い合いをしていると、一通り船内を案内し終わったバーツが戻ってきた。
「ノーズ、お宝の解読は出来たか?」
「一応解読は終わりました。ここから南西の方角にある島ですじゃ」
「そうか。よし、それじゃお宝に向かって出航だ!!お兄ちゃん達は今から宝探しに行くけど、一緒に来るかい?」
クルーに出航の指示を出すと、大人しく抱っこされたままのグラフにニッコリと問い掛ける。
「宝さがし・・?」
「そう。どっきどっきするようなお宝を探しに行くんだ♪」
「いくぅ!!」
グラフはバーツの企みなど知る由もなく、元気にお返事を返した。
宝に記された島に向かうため、スイートマドンナ号はクロウバード号からどんどん離れていく。
そしてグラフはと言うと、船の中だけでなくすべてに於いてクロウバード号と違うスイートマドンナ号がよほど珍しいらしく、初めてのった船にはしゃいでいた。
元々人見知りをしない質のため、スイートマドンナのクルー達にもすぐになついた。
小さな子に懐かれて厭な顔をするほどの人でなしは、スイートマドンナのクルーにはいない。
ブカブカのズボンしか穿いていないグラフのために、ピートはココのお下がりを使ってサイズの合った服を縫ってやって着替えさせてやった。
そして知らないことは何でも聞きたがる、この年頃。今度は近くにいたバクチにまとわりついて、色々と質問している。
はじめは子供になったグラフに戸惑っていたが、暫く相手をしているうちになれたらしい。何でも聞いてくるグラフにイヤな顔をすることもなく、一つずつ丁寧に教えてやっている。
それを見ているバーツはちょっと不機嫌モードになっていく。
グラフが小さくなったのを良いことに今まで出来なかった事をしてやろうと思ってたのに、(クルーには知られていないが、実のところいまだにキスの一つも出来てなかったりする)肝心のグラフは自分よりバクチの方へとなついていっている気がして面白くないのだ。
「グラフ、おいで」
つかつかと2人の側に歩み寄ると、グラフを抱き上げる。
だが不機嫌なオーラが全身から発せられていたせいか、グラフはバーツの腕の中で身を捩り、バクチの方へと手を伸ばす。
「キャプテン、イヤがってるじゃないですか」
バクチは苦笑いしながらバーツの腕からグラフを取り戻す。
「嫌がってなんかねェよな?お兄ちゃんと一緒に居たいだろォ?」
不機嫌オーラを表に出さないように気を付けながら、バーツは笑顔でグラフをバクチから奪い返す。
「グラフは今、俺とお話してるんだもんな〜。俺と一緒に居たいだろ?」
そう言って、バクチはバーツの手からグラフを再び奪い返した。
「バクチ・・・グラフは俺が連れて帰って来たんだがな・・・・」
「いくらキャプテンの命令とはいえ、今回だけは譲りませんよ。俺に懐いてくれてるんスから」
秘かにグラフに想いを寄せていたバクチにとって、子供のグラフの面倒を見ると言うおいしい事を譲る気はないらしい。
グラフを挟んでバチバチと2人の間で火花が飛ぶ。お互いの顔は、ちょっと後頭部を押されるとキスしてしまいそうなほどにくっついている。
グラフはそんな2人の間で、ワケが分からずにキョトンとしていた。
「も〜、2人とも何やってんだよ!グラフ、あそぼ!」
「うん!!」
横から割り込んだココの言葉に、グラフはバクチの腕からおりるとココとミルカの元へと走っていった。
「・・・・・・・」
(他にもライバルがいやがった!!!!)
後には、思わぬ伏兵にターゲットを奪われあっけに取られた男二人が残される。
二人は仲良く3人で遊ぶお子様達を呆然と見つめつづけた。
「ご飯ですよ〜」
夕食時となり、ピートが料理の入った大なべを抱えて甲板へとでてきた。
それぞれが自分の定位置へとすわり、ピートの配る料理を受け取っていく。
バーツは当然のように自分の膝へグラフをのせた。普段から人の膝に乗るのは慣れているのか、グラフは大人しく膝の上に座っている。
「はい、あ〜んして」
「あ〜ん」
「美味しいか?」
「うんっ!!」
勝ち誇ったような表情を浮かべ、バーツはバクチに見せつけるようにグラフにご飯を食べさせてやっていく。
それを見たバクチ、得意のポーカーフェイスはどこへやら、ヒクヒクと顔面を痙攣させている。しかしグラフ自体がバーツに食べさせてもらうことを全く嫌がっていないのだから、文句もいえない。
バクチは背中にオドロ線を背負いつつ、バーツの方をジト目で睨む。なんとも言えず重たい雰囲気の中で食事は進んでいった。
その巻き添えを食ったミガル達は、スイートマドンナのキャプテンと、副長とも言うべきバクチの2人によるグラフをめぐる攻防はどちらが勝利者となるのか、食事が終わった後にこっそりと賭けていた・・・。
夕食が終わると、はしゃいだせいで疲れてしまったのかグラフはバーツの膝の上でゴシゴシと目を擦り、眠たそうな顔になる。
「どうした?もうお寝むの時間かな?」
バーツは優しくグラフの顔を覗き込む。
「ん・・・」
「じゃあ、ボクが連れて行くよ。船長室でいいんでしょ?」
こっくりと頷いたグラフをみて、ココが立ち上がった。
バーツがいない間に一番もめたのが、グラフをどこで寝させるかと言うことであった。船長室で寝せては、バーツがグラフにイタズラをしないとも限らないからだ。
だが他のクルーのベッドでは、いくらお子様とはいえ一緒に寝るには狭すぎる。仕方なく船長室で寝せることに決まったのだった。
ココはグラフの手を引き、船長室へと入っていく。
グラフを寝かしつけたのか、ココはすぐに船長室から出て、ミルカとともに船室へと消えていった。
「さあってと・・俺も今日はいろいろあって疲れちまった。ちィと早ェがそろそろ寝ようかな」
グラフが船長室へと入って暫くたったころ、バーツはワザとらしくあくびをして立ち上がった。
すかさずバクチも立ち上がる。
「なんだ。お前も寝るのか?」
「ええ。あなたがグラフに悪さをしないように見張る役目がありますんでね」
「・・俺があんな小さい子に何かするとでも思っているのか?」
「絶対しないと言い切れますか?」
「・・・・」
どうも何かしようともくろんでいたらしい。バーツはバクチの言葉に返答が出来ず言葉に詰まってしまった。
やっぱり・・と冷たい目で見てくるバクチに何か言い返そうと、バーツが口を開きかける。
そのとき船長室の扉が開き、寝ぼけ眼のグラフが出てきた。
「おっ、どうした?」
バクチとの争いを一時中断し、優しく声を掛ける。
「ん・・おやすみのキス・・・忘れてた」
(おやすみのキス・・!!!??)
(グラフのオヤジはなんて嬉しいことを息子にさせてたんだ!!!)
2人は心の中で滝のような涙を流して喜んでいた。
そんな2人の様子が、お子様なグラフに分かる訳も無い。目を擦って、てくてくと2人の方へと歩いてくる。
「おやすみなさい」
グラフにキスをしてもらうためにしゃがんでいた2人の頬に、チュッとキスをする。キスを終えた後、じっと2人を見つめる。
どうやらお返しのキスを待っているらしい。
「おやすみ」
幸せをかみ締めつつ、ほっぺにおやすみのキスを返すバクチ。
「おやすみ♪」
そしてここぞとばかりにグラフに手を出すバーツ。
お返しのキスを頬ではなくサクランボのような唇にした瞬間、ガンガーン!!!!!と連続で後頭部を殴られた。
「・・・くっ・・・」
後頭部を手で押え痛みに涙を流して振り向くと、ココとミルカがそれぞれフライパンや鍋といった台所用品を握って立っていた。
「キャプテン、それ以上やると犯罪ですよ?」
ミルカがニッコリと微笑みながら警告した。
相手がバクチやピート達なら反撃も出来るが、ミルカにはさすがのバーツも頭は上がらない。
その笑顔の裏に底知れぬ恐ろしさを感じて、バーツは青ざめつつ黙って頷くことしか出来なかった。
「ん・・・」
暖かな温もりと規則正しい心音・・。遠い昔に失くしてしまった安らぎ、それを感じつつ傍の温もりに抱きついて、グラフは身じろぎする。
「おっ、目ェ覚めたか?」
「?・・!!!!!!?????」
掛けられた声に、がばぁ!と跳ね起きる。
見ると、自分の横にはバーツ。
途端に全身の血の気が引いた。
「目ェ覚めたか、じゃねェ!!俺、クロウバード号にいたはずなのに、何でお前と一緒に寝てんだよ!!??
しかも・・・なんで裸なんだぁぁ〜〜〜〜!!??」
夜の間にキャンディの効き目が切れたらしく、グラフは元の大人へと戻っていた。そして当然子供のときに着ていた服はサイズが合わず、ボロボロの布きれと化していたのだった。
しかし、小さくなっていたときの記憶は無いらしい。
そのことを読みとったバーツはまたもや企む様な笑顔を浮かべてグラフにせまる。
「なんでって・・昨日イイことしたの、覚えてねェのか?」
「イイことって・・・何だよ・・?」
バーツの迫力に押され、グラフは冷や汗を流しながら後ずさりしていく。握った毛布を腰にかけ、自分の大事なところを隠しながら。
「そりゃ・・裸でするイイことつったら、一つだろう?」
「う、うそだ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
信じたく無くてグラフは絶叫する。(実際ウソなのだが)
しかし、記憶が無い上に、同じベッドで裸と言うシチュエーションでは否定しきれない。
ジリジリと笑顔で迫ってくるバーツから逃れようと、枕を投げつけ毛布を腰に纏ってベッドの上から逃げ出した。
だが逃げられないように毛布の一部をバーツが握っていたせいで、ビッタンと転んでしまった。
顔から転んでしまったせいで思いっきり鼻を打ちつけてしまい、涙目になる。
「照れなくてもいいだろォ?も一回、イイ事しようぜ♪」
「照れてねェって!!離せ〜〜〜!!!!」
今の今までモノにすることが出来なかったが、これはバーツにとっては最大のチャンス。こんなチャンスを見逃しては、次がいつあるか分かりはしない。グラフの両手を押さえつけて、バーツは彼にのしかかる。
貞操の危機を感じて暴れまくるグラフを組み伏せ、バーツはグラフの唇にキスをしようと顔を寄せていく。
2人の唇が今まさに触れ合おうとした瞬間、
バコン!!!!
「キャプテン、グラフに何してるんすかぁ!!!!!」
船長室のドアが蹴破られ、グラフの絶叫を聞きつけたバクチが物凄い形相で駆け込んできた。
「何って、今からいい事するんだから邪魔すんな!」
「いくらでも邪魔しますよ!!」
めちゃめちゃいいところで邪魔をされてしまったことに腹を立て、グラフにのしかかったままバーツは思いっきりバクチを睨みつける。
だがそんなことで怯むくらいなら最初から邪魔などしない。恋する男の一念でバクチはバーツを思いっきり突き飛ばし、グラフを自分の背中にかばった。
「いい度胸してるじゃねェか、バクチ・・・」
「グラフをあなたから守るのなら、何だってして見せますよ・・」
背中に炎を燃やし、グラフをそっちのけでにらみ合う。
なぜバクチがバーツと睨み合ってるのか、事情がつかめずにグラフの目が点になった。ニブイのもここまで来ると、天下一品であろう。
にらみ合う2人を暫く傍観していたが、逃げるにはいいチャンスだと思い立つ。2人に気づかれないよう、腰を落としたままコソコソとその場から離れようとする。
『グラフ!!!!!』
「はいっ!!」
『俺とこいつ、どっちがいいんだ!!??』
ユニゾンで名前を呼ばれ、思わず姿勢を正してお返事をしてしまったグラフ。
ステレオ状態ででずずずいっと左右から2人に迫られる。
「どっちも厭だぁぁぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!!!」
広い海の上、グラフの絶叫がいつまでも響いていた。
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