目の前に広がるのは、何処までも青い海。
 今はもう誰でも航海できる、以前は「墓場」と呼ばれた海域。
 それを初めて見たのは、親父との航海のときだった。

 ある位置に来ると、船は錨を降ろして停泊する。
「キャプテン。これ以上は進めません」
「おいで」
 長い黒髪を後ろでひとつに括った男が、傍らにいる男の子の肩を抱いて引き寄せた。
「見てごらん。此処が全ての海賊達の聖地『海賊の墓場』だ」
「墓場?どうして墓場っていうの?」
「この海域に挑んだ者は誰一人として帰って来ていないんだよ。だからいつの間にか墓場と呼ばれる様になったんだ」
「どうして誰も帰ってこないの?」
「さあな。帰りたくないほど楽しいものがあるのかも。そしてお前がキャプテングラフを名乗れるぐらい大きくなったら、父さんも此処に挑むさ」
「……………」
 父は海の先を見つめて少年に語りかける。だが少年は押し黙ったまま、返事を返そうとはしない。
「どうした?」
「……僕…海賊なんてなりたくない……。大きくなったら物を売る人になりたいんだ……」
「そうか……。お前がそう思うのなら…‥自由にするといい」
 そう言った少年に、父は困ったような、寂しそうな笑顔を向けて、優しく頭を撫で続けた。

 誰よりも強くて偉大な男だった親父。親父の様なキャプテンになるのが夢だった。
 だが俺がキャプテンになったら、親父は墓場に向かうといった。
 跡を継げば、親父は自分の前からいなくなってしまう。
 跡を継がなければ親父は何時までも俺の傍にいてくれる。
 そう思ったから「商人になりたい」なんて嘘をついた。
 それがガキの浅知恵だったと知ったのは、その航海が終わった後。
 あの航海の後、眠っている俺を残して親父は墓場へと行ってしまった。
 自分を暖かく包み込んでくれる『大事な場所』を失いたくなくてついた嘘だったのに……。
 その嘘で『大事な場所』を失った。
 何故あの時、素直に跡を継ぐと言わなかったのか……。
 心を偽らなければ、彼は俺が青年になるまでは傍に居てくれたはず。
 何者にも縛られない海賊であった彼を縛ろうとした報いを…今、受けている。

 親父がいなくなったあの日から、俺は泣くのを止めた。
 親父の残した物を一つも失わないために、強くなるために泣くまいと誓った。
 いつか親父が帰ってきたとき、「よくやった」と褒めて貰いたくて……。

「必ず帰る」その言葉を信じて来たのに、島に上陸した俺を待っていたのは
 『大事な場所』がもう二度と戻ってこないという……残酷なまでの現実。
 辛くて、悲しくて……泣き叫びたいのに、何故か涙は流れない。
 幼い日の誓いが、感情を表に出すことを妨げていて……。
 行き場のない想いに心が引き裂かれそうになったとき。
「グラフ……ムリするな…俺がお前の傍にいるから…泣けばいいんだ……」
 優しい声が聞こえて…後ろからそっと抱きしめられた。
 ずっと誰かに言って欲しかった言葉。その言葉に、幼い日の誓いは破れて……涙が溢れた。
「それに、あの島に居なかったからって、死んでいるとは限らねェだろ? 
ひょっとしたら激道の向こうにいるかもしんねェぜ?
だから…動力石を手に入れたら、二人で探しにいこうぜ。な?」
 副長の二人さえ分からない俺の心を、どうしてこいつはいとも簡単に見抜くのだろう。
 いつもは俺をからかってばかりいるくせに…何かあったときには俺の一番望む言葉をくれる。
 耳に心地よく響くその声と、抱きしめられた体から伝わる心臓の鼓動を、遠い昔に聞いた様な気がした。
 バーツに抱きしめられる心地よさ。それは親父に抱きしめられたときと同じ心地よさで。
 そして気づいた。バーツは俺が初めて自分で手に入れた『大事な場所』なのだと言うことに。
 
 そして俺は前へと進む。
 自分で手に入れた『大事な場所』を失わないために。
 遠い昔に失くした『大事な場所』を取り戻すために、新たな誓いを胸に秘めて。







Fin

虹の街にパパがいると信じていたので
結構ショックはでかかったです・・。
グラフはバーツの包容力のでかさに
惹かれたんだろうと思ってます。
彼ってみんなに大事にされてるから(笑)