初めてのチュウ



僕はココ・フェルケナ。8歳。
 海賊スイートマドンナの一員だ。
 今僕たちは補給のため、中立港キープグラバに来ている。
 久しぶりの陸の上。海の上では滅多に味わえない楽しみを求めて、僕達は行きつけの宿に腰を下ろしたんだ。
 此処は酒場も兼ねているから、みんな到着早々ガンガンお酒を飲んでご機嫌だ。
 僕はみんなが浮かれている今がチャンスとばかりに、以前から知りたかったことをバーツに聞いてみることにした。
「ねーバーツ、教えてよ!」
「ダメだ」
「なんでだよ!?」
「お前にはまだ早い」
「どうしてさ!? 僕だって一人前の海賊だよ!?」
「とにかくダメだ!」
「もういいよ!!」
 ……バーツにお礼の続きを教えてもらおうと思ったのに、バーツは「ダメだ」の一点張り。
 ちっとも教えてくれない。
 頭に来た僕は、衝動に任せて宿を飛び出しちゃった。
 黄昏が支配し始めた街中を、僕は充てもなく歩いていた。
 もうすぐ陽が落ちる。
 いくら中立港とはいえ、日没後に出歩くのは結構危険な事なんだけど……飛び出してすぐに宿に戻るのはなんだか悔しいし。
 どうやって時間をつぶそうか、なんて考えながら歩いていたら、
   ドン。
「わっ」
 ボンヤリしていたせいで誰かにぶつかっちゃった。
「ご、ごめんなさい」
「おっと。悪い」
 ?
 聞き覚えのある声に見上げてみると、僕がぶつかった相手はキャプテングラフだった。
「キャプテングラフ!」
「ん? お前……確かバーツのところにいた……。え〜と……、名前、なんだっけ?」
 …………。
 どうやらキャプテングラフは僕の名前を覚えてくれてないみたいだ。
 でも仕方ないかな。僕はまだ1,2回しかキャプテングラフに会ったことがないから。
 顔を覚えてくれていただけマシかも。
「ココだよ。ココ・フェルケナ」
「お、ココ、だったか」
 覚えてもらうためにも、改めて自己紹介。
 キャプテングラフはさっと辺りを見回すと、
「ココ。他のヤツはどうしたんだ」
 僕に聞いた。
「僕一人だよ」
「おいおい。子供がこんな時間に一人でをうろうろしてると危ねェゾ? 早く宿に帰んな」
「うん……。そうなんだけど……」
「どうした? バーツとケンカしたのか」
「……う…ん…ちょっとね」
 どう言えばいいんだろう? あれはケンカになるのかな……? 上手く説明できなくて、僕は思わず口ごもってしまった。
 どう話せばいいか俯いて考え込んでいたら、ポン、って軽い衝撃があった。見上げると、キャプテングラフが掌を僕の頭に置いてにっこり笑っていた。
「宿に帰りづらい、ってンのなら、ほとぼりが冷めるまで俺のホテルにくるか?」
「え? いいの!?」
「ああ。俺も今から戻るところだからな」
「ありがとう!!」

 キャプテングラフが泊まっているんだから、きっと僕たちとは比べものにならないぐらい立派なホテルだよね! 
 そんな所に行けるなんて、こんなチャンスは滅多にある訳じゃない。僕は遠慮無く付いていくことにした。
 ホテルへ戻る彼の後をワクワクしながら付いていった僕の目に飛び込んできたのは、普通より少し大きいけれどごく普通の宿だった。
 ちょっと……予想外。
 あ、でも外観はこれでも部屋が凄いんだよ、きっと!
 そう思ってキャプテングラフが泊まっている部屋のドアを開けると、僕たちがとまっている部屋の倍ぐらいの広さしかなかった。部屋の 家具も取り立てて豪華、って感じでもない。大海賊クロウバードのキャプテンが泊まるにはちょっと質素すぎないかな?
「普通のホテルでがっかりしたか?」
 部屋にも入らず立ちつくしていた僕の背後で、キャプテングラフが言った。
 いっけない! 折角招待してくれたのに、気を悪くさせちゃったかも!
「そ、そういうわけじゃないよ! ただ、キャプテンスパードは豪華なホテルに泊まる、って以前カフェルから聞いたことがあったから……」
 弁解しようと慌てて身体ごと振り返ってみると、キャプテングラフの顔には笑みが浮かんでた。
 よかった〜。怒ってなかった。
 僕は心の中で胸をなで下ろした。
「その辺は、俺とスパードの考え方の違いってヤツだな。スパードはキャプテンとしての威厳に重点を置いてるんだろォ。
 俺はクルーを狭い宿に押し込めて、自分一人だけいいところに泊まるってのはあんまり好きじゃねェんだ」
 キャプテングラフがちょっと照れくさそうに話してくれた。
 そっかぁ。大海賊のキャプテンだからって、立派な部屋に泊まるとは限らないんだね。クロウバードの人達が彼についている理由が、ほんの少しだけど分かった気がするよ。
「さ、入った入った」
 背中を押されて部屋にはいると、右側にテーブルを挟んで2つ、2人掛けのソファーが置かれているのが目に入った。
「ほら、そこに座んな」
 僕がソファーに座ると、キャプテングラフは僕の向かい側に腰を下ろした。
「で? バーツとケンカした理由はなんなんだ?」
 ケンカじゃないんだけど……まぁいいや。
「実はね……」
 僕は今までのことを全部話した。
 今デッドから剣を習ってて、大人のやり方でお礼をしたこと。でもそのお礼のやり方には続きがあるらしいこと。その続きをバーツに頼んでも全然教えてくれないこと。
 それで頭に来て宿を飛び出したこと……。
 僕が話し終わると、それまで黙って話を聞いてくれていたキャプテングラフは静かに口を開いたんだ。
「そうだな。礼の方法なんざ色々あるだろうが……それよりも、お前が早く一人前になることがデッドへ一番の礼になると思うゾ?」
「そうかな?」
「そういうモンだ。もしお前が誰かに何かを教えたとして……そいつが上達したら嬉しいだろう?」
「そっか!そうだね!!」
 キャプテングラフの言葉で、僕の悩みはあっという間に吹き飛んじゃった。
 普段はバーツにからかわれてばかりだけど、やっぱり大勢の海賊を率いるキャプテンなんだな。
 人を納得させるのが凄く上手いや。
「ありがとう、キャプテングラフ!」
「どういたしまして。……ところで、……お前がやった礼ってどんなんだ?」
「えっとね」 
 相談に乗ってくれたお礼もしたかったから、僕は目の前のグラフに顔を近づけてデッドにした事と同じ事をしたんだ。
「こうだよ!」
「な、な、な……!」 
 どうしたんだろ?キャプテングラフ、口を手の甲で押さえてすっごいアタフタしてる。
 僕、何か間違ったことしたかな?
「お、おま……これ、違……」
「ええ?どこが?」
「こ、これは……好きな人同士がする事であってだな……お礼ですることじゃない……」
 ええ! ウソ!?? じゃあ……
「バーツはキャプテングラフのことが好きなんだ!?」
「なんでそうなるンだァ!? 俺たちはそんなんじゃ……」
 顔を真っ赤にしたキャプテングラフが、素っ頓狂な声をだした。
「ええ〜? だって僕この間、バーツとキャプテングラフがこうやっているところを見たよ?」
「あ、あれは……」
 へへっ、キャプテングラフってば、視線があちこち泳いじゃってるよ。
 そんなに照れなくてもいいのにな〜。
 そういえば、バーツはクロウバードを見かけるといつもご機嫌になったっけ。あれはファルコンの手がかりが手にはいるからだって思っていたけど…キャプテングラフに会えるからだったんだ! そう考えると納得できちゃうよ。
 それにしても…キスは好きな人同士がすることだって聞いたら、やっぱり続きが知りたくなっちゃった。
 僕はテーブルに手を突いて、キャプテングラフの方へと身を乗り出した。
「ね、この続きも教えてよ?」
「そ、それはだな……子供にはまだ早……」
 また、『子供には早い』だ!
 どうしてみんなその言葉ばかりで教えてくれないのさ!?
「確かに僕はまだ子供かもしれないけど……! 早いかどうかの判断は自分で出来るよ! それに、人を好きな気持ちには子供も大人もないよ。そうでしょう!?」
「お、大人になれば自然と判るようになるから、そんなに慌てることないと思うゾ、うん」
 言いつのる僕の視線から逃げるように、キャプテングラフは腕を組んで上を向いた。
「それでも僕は今、知りたいんだ」
「だからな……」
 僕は食い下がった。僕の勢いに押されてキャプテングラフの語尾はドンドン小さくなっていく。
 うん、イイ感じ。もう一押しすれば教えてくれそうだな。そう思った僕が口を開きかけたその時だった。
  コンコン
 凄くいいタイミングで、ドアがノックされたんだ。
「おっ!? 誰か来たのかな!?」
 キャプテングラフが見るからにホッとした表情をして、来客を出迎えに行っちゃった……。
 も〜〜、誰だよ! もうちょっとだったのに!!
 僕が歯噛みしてドアを睨み付けていると、キャプテングラフがドアノブに手を掛けるよりも早くドアが勢いよく開いたんだ。
「グ〜ラ〜フ〜♪ 夜這いに来たゾ!!」
「ぅわっ!!!!」
 満面の笑みを浮かべたバーツが、キャプテングラフに抱きついてた。
「久しぶりだなァ。会いたかったぜ!!」
「放せ、こらっ」
「照れることないだろォ〜〜?」
 いきなり抱きつかれて、キャプテングラフもビックリしてるみたい。目を白黒させてバーツを引きはがそうとしてる。
 だけどバーツはそんなキャプテングラフの抵抗なんて全然気にならないみたいだ。
 ファルコンの手がかりを見つけたときよりも嬉しそうな顔をして、すりすりと彼の顔に頬ずりしている。
 と思ったら。
「ん〜〜!」
 バーツがキャプテングラフにキスをした。

 ……

 …………

 ………………

 ……あれ。ず、随分長いな……。
 好きな人同士のキスってこんなに長いんだ!?
 僕がデッドにしたよりもずっと長い時間、バーツはグラフにキスしてる。
 しかもキスしている間にバーツがキャプテングラフの船長服を脱がしちゃった。
 いつの間にかベルトまで宙に舞ってるし。
 な、なにが始まるんだろう……?
 あ、ひょっとしてこれって……。 前見逃した、お礼の続きなのかも!?
 僕、どうしたらいいんだろう? 部屋から出た方がいいのかな? でも……折角だから見学させてもらおうっと!
 ソファーの背もたれから顔を出してドキドキしながら見つめていたら、耳まで真っ赤になったキャプテングラフがバーツの顔を僕の方へ向けて叫んだんだ。
「バ、バーツ!ココが居るんだゾ!」
 マズイ!
「ん?」
 ソファーに隠れようとしたけど、一瞬遅かった。こっちを向いたバーツと目が合っちゃった。
 あ〜あ。折角見学できると思っていたのに。バーツが僕の存在に気づいちゃったよ。
 バーツはキャプテングラフから身体を離してこっちに来ると、腰を曲げて僕の目の前に顔を突き出した。
「ココじゃねェか。なんで此処にいるんだ?」
「キャプテングラフに招待されたんだよ!」
 居ちゃ悪い?
 バーツから胡散臭そうな視線を向けられて、そんな風に言われたから……
 さすがの僕もムッとして、けんか腰で言い返しちゃった。
「……」
 バーツは無言で僕の襟首を掴むと、猫みたいに持ち上げたんだ。
 そして僕を掴んだままドアに向かって歩き出した。
 つまみ出される、ってまさにこういう事をいうんだろうな。
「イタッ!」
 廊下に出たところでいきなり落とされて、僕はしりもちをついた。
「ヒドイよ、バーツ!」
 僕が抗議してもバーツは知らん顔。
 そのままドアを閉めようとしたから、僕は急いでドアの間に足を差し込んだ。
「ちょっとまってよ、バーツ!」
「あのな、ココ。俺たちは今から大人の時間を過ごすんだ。子供は帰って寝てろ。な?」
「大人の時間って、何をすることなのか教えてくれてもいいじゃない!?」
「知りたいのか?」
「知りたいよ!」
「どーしても知りたいのか?」
「どーしても知りたいよ!」
 睨んでくるバーツの迫力にくじけそうになるけど、ここまで見たんだから、後には引けない。
 その一心で僕もバーツを負けじとにらみ返す。
「……」
「…………」
「ふぅ……」
 食い下がる僕に根負けしたのか、バーツが溜息をついて肩をすくめたんだ。
「そこまで言うなら教えてやる……」
 勝った!
「"子作り"だ」
 え?
 僕、今信じられないことを聞いたような気が……
 きっと、聞き間違っちゃったんだよ、うん。
「今なんて言ったの?」
「俺たちは今から子作りをするんだ」
 き、聞き間違いじゃなかった……
「でも子供って、男の人と女の人じゃないと出来ないって……」
 バーツは僕の両肩に手を置くと、
「いいか、ココ。お前は知らないだろうが、頑張れば男同士でもできるんだ」
 今まで見たこともないぐらい真剣な顔をして言ったんだ。
「さ、判ったならさっさと帰れ」
 後ろの方でキャプテングラフが何か喚いていたけど……バーツの声に遮られて僕の耳には届かなかった。
「ちょっ、バー……」
 驚きのあまり僕の身体はドアから離れちゃってたらしく、僕の目の前で扉は閉められちゃった。
 バーツはカギを掛けたみたいで、扉は押しても引いてもビクともしない。
「もう!」
 子供の作り方とか、知りたいことはまだまだ沢山あるのに!
 でも盗み聞きすることさすがにはばかられたから、僕は諦めてみんなの居る宿に帰ることにした。

 宿から出ると外はとっぷりと陽が暮れていて、辺りはもう真っ暗だった。
 ひょっとしたらみんなもう寝ちゃったかな?
 急いで宿に戻った僕は、真っ直ぐデッドの部屋に向かった。
 ほんの少し扉を開けて、隙間から顔を覗かせてみる。
「デッド、起きてる?」
「ココか。どうした」
 デッドはベッドに腰掛けて、剣の手入れをしていた。
 よかった。まだ起きててくれてた!
 僕はドアを開けて部屋に入ると、デッドの傍に歩いていった。一歩分ぐらい距離を置いて、彼の正面に立った。
 ベッドに座ってても、デッドは僕よりちょっと高くって。
 心持ち見上げる形になるのはしょうがないかな。
「デッド、この間のことなんだけどね……」
「礼のことなら気持ちは十分に……」
 言いかけた僕を遮るようにデッドが言った。
「うん。あれは僕の勘違いだったんだね。ごめんね、デッド」
「別に気にしていない。だからお前も気にするな」
 いつもと変わらないデッドの声。
 淡々とした話し方はどこか冷たく感じて、仲間になった始めの頃は苦手だった。
 でも、デッドのことを良く知った今では判る。感情をあんまり表に出さないだけで、本当は凄く優しいんだ。
「それでね。一つ訊きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
 デッドは手を止めて僕の顔を見た。
 間近にある彼の顔に、心臓がドキドキいってる。小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「デッドは……僕のこと好き?」
「いきなりどうした?」
「知りたいんだ。デッドに僕がどう思われているのか」
「……仲間なんだから嫌いな訳がないだろォ」
「じゃあ……好き?」
「そうだな」
「よかった! 僕もデッドの事が大好きだよ!!」
 僕はデッドの首に腕を回して、彼の顔を引き寄せた。
 背が足りないから、ちょっとだけ背伸びをして……。
「!!」
 これは好きな人にするためのキスだから、前よりもずっと長くしないといけないんだよね。
 頭の中でゆっくり10数えてから、僕はデッドから顔を離した。
 あれ? なんだかデッドの様子がおかしいな……。
 剣も床に落としちゃってるし。
「デッド? どうしたの?」
 僕は彼の顔をの前でヒラヒラと手を振ってみた。
 ……なんの反応もない。
 どうやらデッドは目を見開いたまま、固まっちゃってるみたいだ。
 う〜〜ん。告白がいきなりすぎてビックリしたのかな?
 僕は剣を拾うと、硬直しているデッドの両手にそれを握らせた。
「僕、一日も早く大人になるから! 僕が大人になったら、2人で子供を作ろうね! それじゃ、お寝み、デッド!」
 にっこり笑顔でお寝みの挨拶をして、僕は自分の部屋に戻った。
 そして、その夜夢を見た。
 大人になった僕が自分の船を持って、海賊旗を掲げている。
 そして舵を握る僕の隣にはデッドがいて、彼の腕の中には僕たち2人の子供がすやすやと幸せそうに眠っている夢だった。

 僕はココ・フェルケナ。8歳。
 夢を一日も早く実現させるために、僕は今日も剣の稽古に励んでいる。







11111キリリク。
CARRYさんから「ココデのほのぼの」
のリクを頂いたので、「初めてのチュウ」
の続きにしてみたんですが……
結局、半年も待たせたあげくにココデだか
ココグラだか分からない物に仕上がってしまいました……
本当に申し訳ないです(つД`)