大安の吉き日。
ラーアジノヴ南東の港で、とある男女の結婚式が執り行われた。
その式は街を挙げての盛大なもので、昼間から花火が上がり、住人にはご馳走が振る舞われ、祝宴は三日三晩続いたのだった。



 中立港キープグラバ。
 客船や海賊船のみならず王侯貴族の船すら利用することもあるこの港に一隻の大型船が入港したのは、結婚式から数週間後のことだった。
 猛禽を象ったフィギュアヘッドが輝くその船の名は、クロウバード号。
 この国随一の海賊である。
 入港の知らせが街に響くと、さまざまな船を見慣れているはずの街の人々が、一目散に港へ走っていった。
 ダイアモンドサーペントとレッドスケルと共にラーアジノヴ国内三大海賊と称される、海賊クロウバード。三大海賊でたった一人独身だったキャプテングラフの結婚は僅か数日のウチに国中余すところ無く知れ渡っており、今度の航海が新婚旅行目的だという情報も当然この街に届いている。
 アーバランの住人以外がキャプテングラフの家族を目にできる機会などほとんどないため、今回の寄港は長い間独身だったグラフの心を射止める事が出来た幸運の女性を見る事のできるまたとないチャンスなのだ。
 クロウバード号が桟橋に接舷したとき、その周囲には港の作業に従事する者、補給のために立ち寄っている二流以下の海賊、近隣の住人等で黒山の人だかりが出来ていた。
 そのなかでも特に目を引くのは、船首付近に集まっている若い女性の一団だった。
 ごく普通の町娘もいれば、一見して商売女とわかる者もいる。素性は様々であるが、そこに集まっている女達はいずれも妙齢で美しい、ということにおいて共通していた。
 キャプテングラフ夫人の座を狙っていた女性達だ。


 クロウバード号の錨が降ろされると、甲板で作業をしていたクルーがハシゴを下ろした。
 そのハシゴに最初に脚をかけるべく現れたのは、長い黒髪と肩に羽織った緑色の船長服を靡かせた男だった。この船のキャプテンであるグラフだ。
 周囲に出来た人だかりに一瞥をくれて、グラフはハシゴに足を掛けた。
 そこは補給ではなく乗降に使うハシゴだから、ステップは狭いし、降ろされた角度も急だ。しかしグラフはハシゴに手をついて寄りかかるどころか、足下に視線を向けることもしない。見事なバランスを保ち、正面を見据えたまま悠然と陸に降り立った。
 グラフは背後を振り返り、今し方自らが降りたばかりのハシゴを見上げた。
 甲板では新たなる人影が船縁へとやって来たところであった。
 それまで厳しい光を湛えていたグラフの瞳が優しい光を帯び、きりりと引き締められていた口元が僅かにほころんだ。
 同時に周囲にどよめきが起きた。
 現れたのは、金色の髪と翠色の瞳をもった、ドレス姿の女性だった。背中まである長い髪を、グラフと同じように風になびかせている。
 女性は船にあまり慣れていないのか、片手でハシゴを掴み、もう一方の手でドレスの裾を摘んで、ゆっくりと一段一段、確かめるように下りてくる。
 陸まであと数段、となったとき、グラフが両手をさしのべた。逞しい腕が細い腰をしっかりと掴むと、女性はまるで羽のようにふわりと抱き上げられ、そっと地面へと降ろされた。
「大丈夫か?」
 グラフは腰に廻していた腕をほどくと、まだ初々しさの残る白い顔をのぞき込みながら、優しく訊いた。
「はい」
 女性はグラフからそっと躰を離し、周囲を見回して言った。
「賑やかな街ですね」
「中立港だからな。首都を除けば、一番賑わっている街だろう」
 クロウバードキャプテンのグラフと、その妻になった女性。並んで立つ2人の姿はまるで名のある画家が全身全霊を込めて描き上げた一枚の絵画のようで、街の住人は、ただため息を漏らすばかり。
 玉の輿に乗り損ねて嫉妬心むき出しだった女性たちもその光景を目にしては、大人しく己の敗北を悟るしかなかった。

 その時。遠くで響いていた轍の音がどんどんと近づき、それを避けるように人垣が割れた。
 人垣の間から現れたのは、見事な金の装飾が施された黒塗りの馬車だった。
 グラフ達の前で停車するとタキシードに身を包んだ御者が降り、2人に向かって恭しく礼をする。
 夫人は何事かと、問うように夫の顔を見た。
「ホテルからの迎えだ」
 グラフは安心させるように妻へ微笑み
「悪いが、作業が少し残っている。終わるまで馬車で待っててくれ」
 と言った。
 新婚旅行が目的の航海といえど、補給その他の雑事は通常の航海と変わらず、キャプテンとしての責任は果たさねばならない。グラフは妻の手を取り馬車へ向かった。
 御者が扉を開ける。グラフは妻を馬車へ乗せると、彼女に向けていた優しげな表情を一切消し去り、先ほどとは全く違う面持ちでクロウバード号へ戻っていった。
 船内作業を終え、次々に陸に降りるクルー達。点呼を取り全員が下船し終わった事を確認したグラフは、この後の補給やその他の指示を副長に与え、解散の指令を出した。クルーは副長を先頭に整然と列をなし、与えられた宿へと向かっていった。
 それを見送ったグラフも妻が待つ馬車へと戻っていく。
 馬車へ乗り込もうと、細かい細工の施された扉に手を掛けた時、
「おい」
 野太い声で、背後から呼び止められた。
 その声を聞いた瞬間、眉間に深い縦皺ができるほどきつくグラフの眉根が寄せられた。
 険しい顔で振り向く。そこにいたのは、彼とあまり年かさの変わらぬ男達。
 濃紫の船長服を着た、見事なほどに一本の頭髪もない青年と、真紅の船長服を着た、褐色の肌を持つ青年。そして褐色の青年の隣には、金色の髪をボブカットにしたキツイ顔立ちの美女が立っている。
 ダイアモンドサーペントのキャプテンダイアンと、レッドスケルのキャプテンスパード夫妻だった。
「揃いも揃って、なんの用だ?」
 グラフは身体ごと3人に向き合うと、不機嫌な口調で言った。
「何の用、とはご挨拶だな。俺たちは、お前の嫁になった物好きの顔を拝ませてもらおうと待ってたんだぜ?」
 どこかからかうようなスパードの言い種に、グラフの眉宇がわずかに撥ねた。
「俺の妻は見せ物か?」
「おや。ケチらなくてもイイじゃないか。アタシも、アンタが選んだ人とは女同士で話したいことも沢山あるんだ」
「お前さん自慢の嫁さんを俺たちに披露したって、バチはあたらねェだろォ?」
 更に不機嫌な声音になったグラフを取りなすように、ダイアンとレディ・スパードが言った。
「お前達に見せるのも勿体ないが……。出ておいで」
 にやにや笑う3人をジロリと睨み、グラフは渋々と馬車のドアを拳で軽く叩いた。
 するとドアが開き、中からほっそりとした姿が現れた。
 夫にエスコートされ、流れるような挙措で馬車から降りる。
「妻だ」
「初めまして」
 グラフに寄り添い慎ましやかに立つ新妻に度肝を抜かれたスパードとダイアンは、ガシッとグラフの腕をそれぞれ片方ずつ掴み、猛烈な勢いで離れた場所へと引っ張っていった。5mほど離れた場所で止まり、夫人達からに背を向けた。
「上から82,58,83と見た」
 3人も妻を持つダイアンは一瞬で夫人のサイズを見抜いたらしい。
「えらい美人じゃねェか。あんな美人、何処で見つけたんだ?」
 声を潜めたスパードが感心したように言った。
 その反応に、グラフは鼻高々だ。
「戦利品だ」
『戦利品?』
 穏やかでないその単語に、ダイアンとスパードは眉をひそめた。
 そんな2人の様子に、グラフが自慢気に言った。
「貴族の船を襲ったとき、宝と引き替えに手に入れた」
「……貴族のご令嬢か?」
「いや」
「それなら何だ? 見たところ、町娘といった雰囲気は無いようだが」
「実はな……」



「と言うわけだ」
「へェ〜。あの細っこい娘がなァ」
「そうは見えないが……」
「くだらないお前達には、彼女の素晴らしさは分からんだろう」
「プロポーションもいいし、度胸も器量も一級品、か。だが、乳のデカさはうちのカミさんの方が上だな!」
 そう言ってスパードは反っくり返らんばかりに胸を張り、ガハハと笑った。
 グラフとダイアンの視線が、離れた場所で和やかに談笑しているレディ・スパードとグラフ夫人に向けられた
 立ち姿を横から見ると、2人のプロポーションの差は明らかだった。
 レディ・スパードはへそが出るほど丈の短いTシャツを着ており、その布地を2つのふくらみが挑戦的に押し上げている。
 夫が自慢するだけのことはあった。Eカップ、いや、Fカップは確実にあるだろう。
 グラフ夫人も胸は小さくない。が、巨乳ハンターがいれば確実にパイ拓を取られるだろうサイズの乳を持つレディ・スパードと比べれば、見劣りしてしまうのは仕方がない事だ。
 その言葉にムッとしたのはグラフ。
 当然の事であろう。新婚ほやほや、間違いなく自分の妻が最高だと思っているのに、そんなことを言われて機嫌がいい男がいるわけがない。
「あなた? お話は終わりました?」
 グラフ達の視線に気づいた夫人達。談笑を止め、3人の元へ並んでやって来た。
 グラフは向かってきたレディ・スパードにつかつかと歩み寄ると、

   むんず

 右手でおもむろにレディ・スパードの胸を鷲掴みにした。
 もにゅもにゅと2,3度揉んで手を離す。
 レディ・スパードは突然の事にに反応できず、固まってしまっている。
 しばらくの間胸を触った掌を見つめていたグラフが、フン、と鼻を鳴らした。
「触り心地はウチの奥さんの方が上だな」
 得意気なその言葉に呪縛がとけたのか、
「テメェ!! 人のカミさんになにしやがる!!」
 スパードが胸ぐらを掴んで締め上げた。が、グラフは涼しい顔をしたまま、スパードの腕をはねのける。
「あんな固い乳揉んで嬉しいか?」
「何を言う!! 女は胸がでかいのが一番だ!!」
「でかくても感度が悪けりゃ意味ねェだろうが!!!」
「小さい乳なぞ揉んでも楽しくねェだろが! サイズだ!」
「いーや、感度だ!!」
 聞いている方が恥ずかしいような事を、でっかい声で言い争う。
 周りには見物人の山が出来ているのだが、そんなことに気が回らない両者は一歩も譲らない
 普段であればムサイ男の顔を間近で見ることなど死んでも嫌がる彼らだが、よほど頭に血が上っているのであろう。鼻の頭がくっつく寸前まで近づき、お互いに歯を剥いて、鼻息荒くにらみ合っている。
「まあ、待て。落ち着け」
 今まで傍観していたダイアンが、おもむろに割り込んできた。
 いきり立つ2人を両手で制し、引き離す。
「自分の嫁が一番だっていう心情はよく解る。しかし、このまま言い争っても埒があかんだろォ?
そこで、だ。多くの女を知り、なおかつ第三者のこの俺が、お互いの嫁さんの乳を揉んで、どっちが素晴らしいか決めてやろうじゃないか!」
 ダイアンはこれ以上無いほど良い提案だろう、と言わんばかりに胸を張った。

    グワッシャ!!

『誰が触らせるか!!!!』
 グラフとスパードのダブルアッパーがダイアンの顎に見事に決まった。ダイアンはその巨体を数メートルばかり宙に浮かせると、見事な放物線を描き、少し離れた場所へ地響きをたてて沈んだ。
「こうなりゃ、実力で勝負してやる!」
「望むところだ!!」
 歴史ある海賊船のキャプテンであると同時に、まだまだ血気盛んな若造でもある彼ら。
 この街が争い事が御法度だと言うことなど忘却の彼方へと追いやってしまっている。
 街を巻き込んででも決着をつけないと気が済まない段階まで来てしまった。
 こうなると、もー誰も止められない。
 各々の船に戻るため、スパードとグラフは踵を返した。
 その時だった。

    
スパーン!!

 乾いた音が辺りに響いた。
 目の前にいくつもの星が瞬き、グラフの意識はブラックアウトしていた。
 ばったりと仰向けに、大の字になって倒れたその顔には、太さ5cm程もある赤い跡が横一線に走っている。
 その側では特大ハリセンを握ったグラフ夫人が、倒れた夫を見下ろしていた。
「夫の非礼をお許し下さい」
 夫人は目を点にしてその光景を見つめていたレディ・スパードに向かって、深々と頭を下げた。
「あ、ああ。アタシは気にしていないから……」
 我に返ったレディ・スパードの言葉に安心したのか、グラフ夫人はにっこりと微笑んだ。
「よかった。それでは……」
 私たちはこれで、とスパード夫妻に会釈をして、夫人は気を失って地面に横たわっている夫の襟首を掴んだ。
 左手に特大ハリセンをもち、右手でグラフを掴んだまま、重さなど全く感じさせない軽やかな足取りで馬車へと戻っていく。
 そして御者の手を全く借りることなく夫の体を馬車の中へ放り込み、自らも乗り込んだ。
 扉を閉め、御者台へ上った御者が馬に鞭を入れると、馬車はスパード夫妻の立つ方へ向かってゆっくりと動き出した。
 そのまま2人の脇を通り過ぎ、街の中にあるホテルへ向かって走り去った馬車を見送って暫く経った頃。
 一連の出来事を茫然と見続めることしか出来なかったスパードが、隣に立つ妻に声を掛けた。
「おい……」
「なに?」
「あいつは一生尻に引かれそうだな……」
「そうだねェ。それと……」
 そう言ったレディ・スパードの体が動いた、次の瞬間。
 ゴッ、と鈍い音が響いた。
「ぐっふ」
 スパードが身体をくの字に折り曲げ呻いていた。
 レディ・スパードのパンチが、夫のみぞおちに見事ヒットしたのだ。
「アンタもいい加減にしな」
「ハイ……」
 頭上から降ってくる妻の冷ややかな声を遠くに聞きながら、スパードも地面と抱擁を交わしたのだった。







先代ズの話です。
「パパがスパードの嫁の乳を揉む」
というネタを風呂にはいっているとき、
ふと思いついたのでした。
私が書くと先代は3バカですな(苦笑)
パパとのとママのなれそめ話は
思いっきり原作無視ですが
設定は出来ているので
そのうち書けたらいいなぁ……