僕はココ・フェルケナ。
海賊スイートマドンナの一員だ。
と言っても、乗船してまだそんなに経ってないんだけどね。
スイートマドンナのクルーは皆明るくて、楽しい人達ばかり……と言いたいところだけど、一人、違う雰囲気の人がいる。
デッド。
バーツに匹敵する剣才の持ち主だけど、寡黙、っていうのかな? あまり皆の話に入って来ないんだ。
でも、孤高を気取ってる訳じゃない。
みんながバカ騒ぎしていても傍にいるから、彼なりに楽しんでるんだと思う。
そして僕はそんなデッドから剣を習っている。
子どもといえども海賊なんだから、自分の身は自分で守らないとね。
バーツからは無理でも、デッドから一本取るのが、今の僕の目標なんだ。
航海中はすることもあんまり無いから、剣を習う時間はたっぷりある。
今日の稽古は夕食後、日が落ちてから。戦いは昼間だけとは限らないからね。いつ、どんな状況でも、戦えるようにならなくちゃいけないんだ。
稽古を始めて1時間ぐらい経った頃かな?
渾身の一撃を打ち込んでみたんだ。
だけど、あっさりとはじかれちゃった。
「あっ!」
「まだまだだな」
「ちぇっ〜。いけると思ったのにな」
「簡単には無理だ。だが……かなり上達したな」
「デッドのおかげだよ!」
僕が飛ばしちゃった剣を拾おうとして屈んだデッドの頬にキスをした。
「……なんのまねだ?」
「いつも教えてくれるから、お礼のつもりだったんだけど……」
「礼?」
「酒場から帰るとき、いつもお姉さん達がこうやってるでしょ?」
「……」
デッドは黙り込んじゃった。表情を一切変えずに僕を見ているけど、何がいけなかったのかサッパリ分からないよ。
その時、僕たちのやり取りを近くで見ていたピートが僕の方に来て、説明してくれた。
「あのね、ココちゃん。それは女の人が男の人にするお礼なんだよ?」
「え!?」
嘘ッ!!
驚いてデッドを見ると、デッドも無言で頷いた。
僕は恥ずかしさで一杯になった。
穴があったら入りたい、ってきっとこんな気持ちなんだろォな……
「ゴメンね、デッド」
「勘違いは誰にでもある。気にするな」
それだけ言って、デッドは船室に降りちゃった。
あ〜あ……自己嫌悪。
感謝を態度で示したかったのに、ヒドイ勘違いしちゃってたよ。
ベッドに入っても全然眠れなくて、気分転換に風に当たろうと思って甲板に出てみた。
そうしたら。
バーツの部屋にまだ明かりがついていて、話し声が聞こえてきたんだ
みんなはもう寝てるはずなのに、って思ってこっそり覗いてみたら。
バーツと誰か――キャプテングラフだ――が何か話してた。
何を話しているのか息を潜めて耳を澄ましてみると、
言葉だけか、とか礼は無いのか、とかとぎれとぎれだけど聞こえる。
男同士のお礼の仕方が分かるチャンスだ!!
僕は瞬きもしないで見続けた。
すると、肩をすくめたバーツがキャプテングラフに近づいて……
やった!
決定的な瞬間に思わず力が入ったみたいで、ドアがギッ、って軋んだ。
「誰だ!?」
やばっ。
逃げようと思ったけど遅かった。
ドアが開いてバーツが目の前に立ってた。
「へへっ……」
仕方ない。ここは笑ってごまかそう。
「ココじゃねェか。こんな夜更けにどうした」
「ちょっと眠れなくてさ。バーツ、今のはお礼なの?」
「今の?」
「バーツがキャプテングラフにしたことだよ」
バーツはいつの間にか隣にきたキャプテングラフと顔を見合わせて、ちょっと困った様な、なんともいえない顔をしたんだ。
「ま、まあな」
「それ……」
「イイか、ココ。さっきのは海賊の間では特別な相手にだけする方法だ。誰にでもするって訳じゃない」
「へぇ〜」
「俺達は大人同士の話があるんだ。子どもはさっさと寝ろ」
「ちょ、ちょ、バーツ!」
まだ色々聞きたいことがあったのに、部屋から追い出されてドアを閉められちゃった。
お礼の仕方が分かっただけでも収穫かな。
次の日。
寝坊しちゃった僕が甲板に上がってみると、デッドが剣を持って待ってくれてた。
「始めるゾ」
僕に剣を渡して向き合う、いつもと変わらない態度のデッド。
もう剣を教えてくれなくなるかもって覚悟してたから、嫌われてなくてホッとしたよ。
打ち合いを始めてちょっと経つと、いい匂いがし始めたんだ。ピートとミルカがお昼の準備を始めたみたいだ。
今日のご飯はバーツが仕留めた鮫鍋だ。
「ご飯が出来ましたよーー」
ミルカの声にみんなが鍋の周りに集まりだした。
僕たちも、稽古を中断だ。
「デッド!」
「なんだ?」
「ちょっとだけ屈んでくれる?」
「?」
不思議そうな顔をしながらも、デッドが膝と腰を曲げてくれた。
今度こそ間違えずにお礼をするんだ!
僕と同じ高さになった首に手を回して、ゆっくりと……
「!!」
「お礼だよ!」
「ココ!?」
どうしたんだろォ? みんなビックリした顔でこっちを見てる。
しかもデッドはまた固まっちゃってるし。
「コ、ココちゃん……そのお礼の仕方は違うと……」
「なんでだよっ!? バーツがキャプテングラフにしてたんだから、間違いないよッ!」
すると、ブフッ、って変な音が聞こえた。
バーツが口の中のものをミガルの顔に吹き出してた。
あれ? 言ったらダメだったのかな?
「キャプテン……」
バクチとピートが冷たい目でバーツを見てるし、なんだかまた変な雰囲気……
見た通りにしたはずなんだけどな。何がいけなかったんだろォ?
そういえば僕が音を立てたせいで最後まで見られなかったけど、バーツのお礼にはまだ続きがあるみたいだった。
その続きもしないと、お礼にはならないのかな……?
「僕、また間違ったんだね……」
へこみそうになった時、ポン、って肩に手が置かれたんだ。見上げると、デッドが少し……、ホンの少しだけど笑ってた。
「気持ちはありがたく受け取った」
よかった!やっぱり間違えてなかったんだ!!
「飯にしよう」
そういうとデッドは歩き出した。
料理を運ぶため跳ね上げたままになってる床板に、どんどん近づいていく。
「デッド、危な……!」
デッドが僕の視界から消えると同時に、
ガタタタタン!!!!!
もの凄い音がした。
「デッドーーー!!」
慌てて船倉を覗く僕の後ろで、
「かなり動揺してるな、あれは……」
誰かのそんな声が聞こえた気がした。
僕はココ・フェルケナ。
大人の流儀はまだよく分からないけれど、今回の事でデッドのことを前よりもっと好きになった。
全身を強打したデッドが元気になるまでに、バーツにお礼の続きを全部教えてもらおうと思ってる。
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