「虹」から閃光が放たれた後、全ての化獣が使い物にならなくなった。
そのことを訝しみながらも、動力石を求め海賊旗を掲げたスイートマドンナ号。
そんなとき、彼らの前に突如現れたのは、オルカと名乗る謎の男。
「俺は剣も銃も使えない」
そうのたまう彼がもたらす情報は不可思議な物ばかりで、行く先々に化け物が現れる。
そんなある日、オルカが持ってきた一本の鍵。
それは鯛やヒラメが舞い踊り、乙姫様の待つ竜宮城の鍵だという。
メルヘン好きなバーツが、この情報に食いつかないわけがない。
彼に案内され、ウキウキワクワク、期待一杯で向かった洞窟の先にあったのは――――
バーツが竜宮城の入り口にたどり着いた途端、オルカは脱兎のごとく逃げ出した。
別にバーツ達を騙したつもりはない。あの鍵は確かに、竜宮城の鍵に相違ないのだから。
もっとも、おとぎ話にでてくる竜宮城ではなく、暴力バー『竜宮城』なのだが。
ぐずぐずしていると勝手にメルヘンを想像していたバーツ達にフクロにされてしまう。
イタイ思いはまっぴらゴメンてなわけで、オルカは今来たばかりの道を全速力で駆け戻っているのであった。
背後を振り返り、バーツ達が追ってきてないことを確認したオルカ。
安心して前方に視線を戻したとたん、
「おーとっとと」
大きくたたらを踏んで足を止めた。
洞窟の出口手前に、行く手を遮るように一人の男が立っていた。
右手に愛用の抜き身を下げたデッドだ。
彼はオルカの行動を予測していたバーツに命ぜられ、一人この場に残っていたのだった。
デッドが一歩前に進んだ。
その迫力にひるんだのか、オルカが数歩後ずさる。
「何処へ行く」
抑揚のない、静かな声。
「どこって……みんなが竜宮城に着いたから、俺は帰ろうかな〜と思って」
デッドから視線をそらし、口笛を吹きつつ答えた。気楽な様を装っているが、その声は僅かに震えていた。
「通すわけにはいかない。キャプテンが戻るまでそこにいろ」
「そうしたいのは山々なんだけどさ、人と会う約束しちゃっててさァ〜〜。今すぐ帰らないと間に合わないンだ。だからさ、道開けてくれないか?」
オルカが両手を合わせて拝む仕草をした。
「…………」
返事はない。その代わり、剣を握った腕がゆっくりと前方へ伸ばされ、切っ先がオルカののど元を捉えた。
「ははは……ダメ?」
オルカはホールドアップをするように両手を胸の前に上げた
「逃げるなら、斬る」
脅しとは思えぬ冷ややかな声音に、オルカは体をすくませる。
「あ、あのさぁ。そんな怖い顔で睨まないでくんない? せっかくの綺麗な顔が台無しだよ?」
オルカの言葉に、ピクリ、とデッドの眉が撥ねた。無言のまま、オルカの喉に切っ先をグッと押しつけた。
「たんまたんま! 褒めてるんだって!!
あんた、死神デッドだろ? 依頼された仕事は必ず遂行する冷酷無慈悲な先天性殺し屋。失敗したのはただ一度、キャプテンバーツが相手の時だけってね。手配書も見たことあるけど、やっぱり実物の方がはるかに美人だね〜。あの人が執着するのも分かるってもんだ」
オルカは腕を組み、ウンウンと頭を振って一人で納得している。
「あの人……?」
聞きとがめたデッドに、オルカはへらへらしながら答えた。
「あー、俺の師匠。あんたの大ファンでさぁ。……そうだ! お近づきになれた記念に、今からデートしない?」
「ふざけているのか?」
「とォんでもない! 俺はいつもまじめだぜ?」
にやけていた顔を引き締め、答えた瞬間。
ヒュッ
デッドの剣がだしぬけに空を斬った。
「ちょ、ちょっ、ちょっと! なにすんだよ、いきなり!」
オルカは突然のことに驚き、尻餅を付いた。デッドを見上げ、抗議する。
「それ以上ふざけた口を動かせば、今度は本気で斬る」
デッドはへたり込んでるオルカの鼻先に剣を突きつけ、冷たい声で言った。
「おっかないな〜。そんなに照れなくても……」
聞き取れないほどの小声でぼやくと、オルカは立ち上がり、肩をすくめた。だが剣先は相も変わらずオルカの顔面に突きつけられたままだ。
その時。
洞窟の奥から、にぎやかな気配が近づいていることにオルカは気が付いた。
背後を振り返り、耳を澄ませる。聞こえてくるのは複数人の声。
どうやらバーツ達が戻って来たらしい。
「あちゃ〜〜」
「観念するんだな」
オルカは、しまった、というように頭を掻いた。
しかし、デッドに向き直ったとき、それまでのふざけた表情は消え去っていた。
「ゴメンだね」
そう言って、にィ、と笑った。
それは、今までの飄々とした態度からは想像も付かないほどの酷薄な笑みだった。
刹那、デッドは我知らず本気の一閃を放っていた。
デッドの間合いにいたオルカに、それを避ける余裕などない。彼はなすすべもなく、頭頂部から唐竹割りにされているはずだった。
が、オルカはバックステップでそれを易々と避けた。
死神と呼ばれ、怖れられていたデッド。彼の本気の剣を避けられた者は今までに3人だけ。
双剣のバーツ、斧回球の使い手バニス・ブラハム、そして……マジシャン・ザギ。
必殺の剣を避けられた事に驚き、デッドの反応が一瞬遅れた。オルカはその隙を見逃さなかった。
地面を蹴り、ふわりと宙に舞った。デッドがオルカの姿を追い、振り仰ぐ。2人の視線が重なり、デッドの両肩に僅かな重みがかかった 次の瞬間。
オルカはデッドの背後に立っていた。
「!?」
再度剣を振るおうと、デッドが体を巡らせた。
が、斬りつけることは出来なかった。剣が振られるより早くオルカがデッドの右手首を掴み、今までのおちゃらけた言動からは想像も出来ないほどの力で締め上げたのだ。
デッドはそれに耐えきれず、剣を落とした。
「痛かった? ゴメンよ」
そう言って力を緩めたオルカは、デッドの右手を自らの掌に恭しく載せ、手の甲にそっとキスをした。
「今度は邪魔の入らないところで、ゆっくりデートしような?」
あまりのことに反応を返すことが出来ないデッドの顔を見つめて、見事なウインクをしてみせた。
「じゃっ、またっ!」
すちゃっ、と右手を挙げると、オルカはキャプテングラフも真っ青になるほどの見事な逃げ足を披露し、あっという間にデッドの視界から消え去ってしまった。
戻ってきたバーツが目にしたのは、静かな怒りを胸に立ちつくすデッドの姿。
彼ら2人の間に何があったのか、デッドは黙して語らず
数日後、豪華客船がそのとばっちりを受けることとなる――
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